《第七章》この世で過去世の償いをした霊 / 天国と地獄《Ⅰ》

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(1)マルセル――高貴な感情を持つ子供



(2)物乞いのマックス



(3)主人に献身的に仕えた召使い



(4)ある野心的な医者の転生

 ボルッドーの夫人は、経済的苦境には陥らなかったものの、生涯を通じて、無数の病気にかかり、大変な肉体的苦痛をこうむった。
 生後五ヶ月のときに始まり、その後の六十年間というもの、ほとんど毎年、重病にかかっては、死の一歩手前まで行った。いかがわしい医者から、三度、あやしい薬を飲まされたこともあり、病気によってだけではなく薬によっても彼女の健康は害され、生涯を終えるまで、耐えがたい苦しみに悩まされて、それを和らげるすべはなかった。
 キリスト教徒であり、霊実在主義者でもあり、また霊媒でもあった彼女の娘が、祈りの中で、神に、「母親のひどい苦痛を和らげてください」とお願いしたことがある。
 すると、指導霊が出てきて、「むしろ、母親が、諦念(ていねん)と忍耐心をもって苦しみに耐える力を得ることができるよう、神様にお願いしなさい」と言い、さらに、次のようなメッセージを伝えてきた。

 「地上においては、すべてに意味があります。【あなたが原因となって他者に味わわせた苦しみ】は、必ず、ブーメランのように、あなたのところへ戻ってくるようになっているのです。何かを浪費すれば、必ず不足に悩まされます。あなたが流す涙は、どの涙も、ある過ちを、あるいは、ある罪を洗い流すものであるのです。
 したがって、どのような、肉体的、精神的苦痛であろうと、諦念をもって耐え忍びなさい。
 身を粉(こ)にして、休むことなく働きつづける農夫には、その根気に対するほうびとして、黄金色に輝く、山のような麦の穂が与えられるのです。これが、地上において悩み苦しむ人間の運命なのです。忍耐の結果、得られる、素晴らしい収穫を心に描けば、人間生活に付きものの、たまゆらの苦労など、簡単に乗り越えることができるのです。
 あなたのお母さんに起こっていることも同じです。苦しみの一つひとつが、彼女が過去に犯した罪に対する贖(あがな)いとなっているのです。そうした罪を早く消し去れば消し去るほど、幸福が早く訪れます。諦念とともに耐え忍ばない場合、苦痛は不毛なものとなるでしょう。つまり、もう一度、経験しなければならなくなるのです。
 したがって、彼女にとって、いまいちばん必要なのは、勇気と素直さなのです。それこそ、神、そして高級諸神霊に対し、与えてくださいとお願いすべきでしょう。
 あなたのお母さんは、ある過去世で男性として生まれ、たいへん裕福な人々を相手に医者をしていました。彼らは、『健康のためならお金に糸目は付けない』という人々であったので、この医者は、経済的に非常に恵まれ、また、素晴らしい名声も得ました。
 栄光と富に対して野心を抱いていたので、彼は、医学界の頂点を極めようとしました。ただし、『同胞たちを救いたい』という思いからそうしたのではなくて、ただ単に、さらなる名声を得たいがためにそうしたにすぎませんでした。しかし、金持ちの患者に恵まれていたので、そうした目的を達成することには何の困難もありませんでした。
 そして、そのために、とうてい考えられないような、ひどい実験を繰り返したのです。
 痙攣(けいれん)を研究するために、ある母親に、わざと、ある薬を飲ませて痙攣を起こさせ、この母親を、苦しみのうちに死に至らしめました。ある病気の治療薬を見つけるために、子供を使って残酷な実験を行いました。また、ある年寄りが、実験によって命を縮めました。屈強な男が、ある飲み薬の効果を確かめる実験によって、見るも哀れな病人になりました。
 そして、実験は、すべて、何の疑いも持っていない患者たちに対して行われたのです。
 貪欲と傲慢、名声への渇望(かつぼう)が、その動機のすべてでした。
 この霊が、ようやく悔悟(かいご)の心を持てるようになるまでには、死後、何世紀にもわたって、恐るべき試練にさらされる必要がありました。そして、それから、ようやく再生のための贖(あがな)いが開始されました。今回の人生の試練は、それまでに体験したことに比べれば、まだまだ薬であると言えるのです。
 したがって、今世は、勇気をもって、そうした試練に耐えなければなりません。苦しみはひどく、また長いかもしれませんが、忍耐強く、諦念をもって、謙虚に耐え忍んでください。そうすれば、それに対する報いは大きなものとなるのです。
 苦しんでいる人々よ、どうか勇気を持ってください。物質世界での生活など、ほんの一瞬なのです。その後に待っている永遠の喜びを、どうか思い描いていただきたいのです。
 希望という友に呼びかけないさい。そうすれば、希望は、必ず、苦しみを和らげに、あなたのそばに来てくれます。希望の姉である信仰にも呼びかけなさい。信仰は、天国をかいま見せてくれるでしょう。そして、希望があれば、より容易に天国に入れるのです。
 さらに、天使たちを送ってくださるように、神様にお願いしなさい。天使たちは、あなたを囲み、あなたを支え、あなたを愛してくれるでしょう。天使たちの、変わることのない思いやりに励まされて、あなたが、その法を犯し、冒涜(ぼうとく)した神様のところへと、再び戻ることが可能となるのです」

夫人は、死後、娘、そしてパリ霊実在主義協会に霊示を送ってきた。それは、たいへん卓越した内容のものであったが、そこで、彼女は、指導霊によって明かされた自分の前歴をすべて認めた。

(5)ジョゼフ・メートル――苦難に襲われた男性

 ジョゼフ・メートルは、中産階級の家庭に生まれた。まずまず快適な生活に恵まれ、物質的には満足すべき環境であった。両親は、彼に、よい教育を受けさせ、やがて、彼が企業で働くものと考えていた。ところが、二十歳のときに、彼は、突然、盲目となった。そして、一八四五年、五十歳のときに亡くなった。
 死の十年ほど前、彼は二つ目の苦難に襲われた。耳がまったく聞こえなくなったのである。まわりの人々とのかかわりは、触角を通じてのみ成立した。目が見えないというだけでも、すでに相当な苦しみであるのに、さらに耳が聞こえなくなったのであるから、まさに、残酷な拷問を受けているようなものであった。
 いったい、なぜ、このようなことになったのだろうか? 今回の人生での振る舞いが原因でないことは明らかである。というのも、彼の生き方は申し分のないものであったからだ。
 よき息子であり、柔和(にゅうわ)な性格で、思いやりに満ちていた。目が見えなくなり、さらに耳が聞こえなくなったときも、彼は、潔(いさぎよ)く、その事態を引き受けて、ひとことも不満をもらさなかった。話し振りを見れば、精神にまったく曇りがないことが分かったし、その知性は卓越したものだった。
 ある人が、「彼の霊と話をすれば、きっと有益な教訓が得ることができるに違いない」と考えて、彼の霊を招霊し、質問に対する次のような返答を得た。

 「友人諸君、私のことを思い出してくださって、どうもありがとう。もっとも、私との対話から教訓が引き出せると思わなければ、私のことなど思い出してはくださらなかったのでしょうが。
 いずれにしても、私は喜んで諸君の招霊に応じました。『あなたがたのために役立つことで私が幸福になれる』ということで、許可されたからです。神の正義に基づいて、あなたがたに与えられた、数多くの試練の見本に、どうか私の例も加えてください。
 ご存じのとおり、私は、目が見えず、また、耳も聞こえませんでした。そして、あなたがたは、私が、いったい何をしたために、そのようなことになったのかを知りたいと思っておられる。それを、これから明かしましょう。
 まず、『私の目が見えなくなったのは、今回が初めてではない』ということを知っておいてください。前回の転生は、今世紀の始めごろだったのですが、そのときにも、私は三十のときに盲目となっております。
 このときには、あらゆる面で不摂生をしたために、体が衰弱し、健康を損ない、その結果として目が見えなくなったのです。それは、神からいただいた贈り物を濫用(らんよう)したことに対する罰でした。私は多くの才能に恵まれすぎていたのです。
 しかし、原因が自分自身にあるということが分からずに、私は、あまり信じてもいなかった神を責めたのです。神を冒涜し、否定し、避難しました。『もし神が存在するとしたら、それは、不正で、意地の悪い神でしかない』と叫んだのです。なぜなら、こんなふうにして、自分の創造物を苦しめるからです。
 しかし、目の見えない他の人々と違って、物乞いをして生活の質を得なくて済むことに、むしろ感謝すべきだったのです。だが、そうはいきませんでした。自分中心の発想しかできず、数多くの楽しみを奪われたことに我慢がなりませんでした。
 そんな考えに支配され、また、信仰がなかったので、私はすっかり気難しい人間になってしまいました。すぐに苛立つ人間、ひとことで言えば、まわりの人々にとって耐えがたい人間となったわけです。
 それ以来、人生の目標を失ってしまいました。将来は、もう悪夢でしかなく、考える気もなくなりました。最新のあらゆる治療を受けた果てに、治療不可能と知るや、私は絶望して、人生に終止符を打ちました。つまり自殺したのです。
 だが、目覚めてみると、それまでと同じように、闇の中に置かれていたのです。しかし、徐々に、もう物質界にはいないことが分かってきました。私は盲目の霊になっていたのです。こうして、墓の彼方にも生命があるということを知ったわけです。
 その生命を消して、虚無に逃げ込もうとしたのですが、どうしても、うまくいきません。空虚の中で、行き詰まってしまったのです。
 『かつて人々が言っていたように、もし死後の生命が永遠だとしたら、おれは永遠にこのままなのか』と思いました。この考えは本当に恐ろしい考えでした。
 痛みがあったわけではありません。しかし、私の苦しみや苦悩は耐えがたいものだったのです。いったい、どれくらい、これが続くのだろう? それが分からない。いつ終わるか分からない時間がどれほど長く感じられるか、あなたがたには分かりますか?
 疲れ果て、精も根も尽き果てて、私はついに自分自身に戻ってきました。
 そうすると、私を越える力が、私を支配し、重くのしかかっていることが分かってきたのです。そして、『もし、この力が私をつぶそうとしているなら、同様に、私を解放することもできるはずだ』と考えたのです。
 そこで、その力に哀れみを乞いました。
 心を込めて祈るうち、何となく、『このつらい状況には終わりがある』ということが分かってきました。ようやく光を得ることができたのです。清らかな神の光をかいま見、まわりに、優しくほほえんでいる、明るく輝く霊人たちの姿を見たときの私の喜びを、どうか想像してみてください。
 彼らについていこうとしたのですが、何か見えない力によって、そこにとどめられました。
 そのとき、霊人たちの一人がこう言うのが聞えました。

 『あなたが無視していた神が、あなたが神のほうに向かれたことをよしとされて、あなたに光を与えることを、われわれに許可されました。
 しかし、あなたは拘束と倦怠(けんたい)に嫌気がさしたにすぎません。もし、あなたが、ここで、みなが享受(きょうじゅ)している幸福を享受したいのであれば、その悔い改めと、よき思いが本物であることを、地上の試練を克服することによって証明しなければなりません。しかも、再び同じような過ちに陥る可能性のある条件のもとで――いや、今度は、その条件がさらに厳しくなるわけですが――そうしなければならないのです』


 私は、もちろん喜んで受け入れました。そして『今度こそ、やり遂げます』と誓ったのです。
 そういうわけで、再び地上に戻り、あなたがたもご存じのとおりの生活をしました。
 善良に生きることは、それほど難しくありませんでした。というのも、私はもともと意地悪な人間ではなかったからです。
 今回は、生まれつき信仰をもって人生を開始しました。したがって、神に不満をぶつけるということはせずに、二重の不自由を甘受(かんじゅ)したのです。至高の正義に命じられた償いだったからです。
 最後の十年ほどは、目も見えず、耳も聴こえなかったために、まったくの孤立の中で過ごしましたが、それでも絶望はしませんでした。死後の世界を信じていましたし、神の慈悲を信じていたからです。
 その孤立状態は、むしろ好ましくさえあったのです。というのも、完全な沈黙に満たされた長い夜のあいだ、私の魂は自由になり、永遠のほうへとあまがけてゆき、無限をかいま見ることができたからです。
 そして、ようやく解放が許された日、私が霊界に還ると、そこは、壮麗(そうれい)さと素晴らしい喜びに満たされていました。
 前回の転生と、今回の転生を比べてみて、いろいろなことが分かるにつれ、私は神に感謝せざるを得なくなりました。
 しかし、前方を見ると、完璧な幸福に至るまでに、まだまだ、どれほど進まなくてはならないかが分かります。
 私は償いを果たしました。今後は巧徳を積まなければなりません。【今回の人生は自分のために役立っただけ】だからです。
 もうすぐ、また地上へ転生して、今後は他者のために役立つ生き方をしたいと思っています。そうすることで、役に立たなかった人生を補えるでしょう。そうすることで、初めて、よき念いを持ったあらゆる霊に対して開かれた、祝福された道を歩みはじめることができるのです。
 以上が私のお話です。もし、このお話を聞いて、地上にいる私の同胞たちの何人かでも、啓発され、そのために、彼らが、私の落ちたぬかるみにも落ちないで済んだとしたら、私は、そのとき、ようやく〝借金〟を返しはじめたことになるのです」

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