《1章》タイタニック号の沈没直後

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 ●序 文(ドイル卿から寄せられた喜びと激励の書簡)



・コナンドイル》



エステル・ステッド様(ステッド氏長女)

ご尊父からの通信をパンフレットで拝見して、とても興味深く、かつ意義深いものとの感想を持ちました。どういう状況下で取得されたのか、また、通信の内容にどの程度まで霊媒の潜在意識が影響を及ぼしているか、その辺りのことについて細かい判断はいたしかねますが、文章の世界に長く関わってきた一人として申し上げれば、明快な文体、当意即妙の比喩(ひゆ)などには、生前のステッド氏の特徴が実によく出ております。

こうした死後の世界に関する通信を扱う際に必ず直面する問題として、通信によって言っていることが食い違う場合があげられます。しかし、他方、これまた否定できない事実として述べられていることが完全に一致している場合の方がはるかに多いということも指摘したいのです。

常に念頭に置いておかねばならないのは、一口に死後の世界といっても、無限の複雑さと奥行きがあるということです。イエスが「私の父の国には多くの住処(すみか)がある」と言っているのはそのことです。

考えてみますと、この小さな地球上の生活についても、二人が同じことを述べることは、まず有り得ないでしょう。都会に住んでいる人と大平原で生きている人とでは、その生活環境についての叙述には、私がこれまで読んできた霊界についての叙述のいかなる食い違いよりも大きな違いが生じることでしょう。

これまで私は、主として、そうした霊界から届けられたメッセージに関心を向けてきました。私は物質的な心霊現象にはあまり興味を抱きませんでした。そして多分、私ほどかずかずの霊界通信――印刷されたものからタイプで打ったものや手書きのものまで――を読んだ者は、ちょっといないのではないでしょうか。そのうちの多くは、それを取得した本人ですら、それが一体なのか、どういうメカニズムで得られたものなのかが分からないまま、私に送られてきたものです。子供を通じて得られたものもありました。

それらに共通して言えることは、死後の世界の環境は地上世界と非常によく似ていること、潜在している能力や心に秘めた望みが自由に、何の束縛もなしに発揮されていくことを述べていることです。生活環境について異口同音(いくどうおん)に語られているのは、足元が地球の地面と同じようにしっかりしていること、見かける花も動物も地上でよく見かけたものばかりであること、住居も、娯楽も、仕事もあるということです。

いずれにしても、キリスト教が説いている、大ざっぱで、面白くなさそうな天国(*)とは大違いです。

《(*)黄金の玉座に座すキリスト神のまわりでイエスと共に永遠に讃美歌をうたいつづけるという。――訳者》

正直に申せば、私がこれまでに読んだものの中には、ステッド氏のいう〝ブルーアイランド〟に相当する界層(*)に言及したものは見当たりません。ただ、ブルー(青)というのは癒(い)やす作用をもつ色彩で、アイランド(島)といっても多分一つの界層なのでしょうから、本館につながった控えの間、といったところなのでしょう。

《(*)普通は〝サマーランド〟とか〝パラダイス〟と呼ぶことが多い。仏教でいう〝極楽〟に相当するとみてよかろう。本格的な霊界生活に備えて地上時代のアカを落とすための境涯である――訳者》

睡眠とか栄養の補給といった生理的問題は、各自の魂の進化の程度による――程度が低いほど生理的にも似ている、ということではないかと信じております。理由が何であれ、死の直後の環境が地上と非常によく似ているという事実を知ることは、人類にとって計り知れない意義がありましょう。死への恐怖を取り払ってくれるのみならず、ご尊父のように突如として他界した場合に、あらかじめそうと知っていれば、戸惑わずに済むわけです。地上時代に間違った信仰を植えつけられていると、意識の切り換えや環境への適応のために、不愉快な体験を余儀なくさせられることになるのです。

ご本の幸運を祈っております。

一九二二年九月 Arthur Conan Doyle



 ●父からの通信が届けられるまでの経緯――エステル・ステッド


一九一二年四月一五日、〝不沈〟をうたい文句に建造されたばかりの英国の豪華客船〝タイタニック号〟が、皮肉にもその処女航海において北大西洋上で氷山と激突、二〇〇〇余名の乗客のうち一五〇〇余名の生命とともに海の藻屑(モクズ)と消えました。(詳しくは一章末解説参照)。そのころ私は、シェークスピア劇団を引き連れて興演旅行に出ている最中で、父・ウィリアム・ステッドもその犠牲者の中に入っておりました。

実は、団員の一人にウッドマンという、霊感の鋭い男性がいて、その悲劇的な事故の起きる少し前の日曜日の午後、みんなで紅茶を飲みながら談笑している最中に、彼がその事故とおぼしきことを口にしていたのです。船の名前も父の名前も言いませんでしたが、犠牲者の中に私と非常に近しい年輩の男性がいる、と述べていました。

時間的にみて、その事故が起きたのはその後のことでしたから、ウッドマン氏は“これから起きる出来事”を予知していたことになるわけです。

そのことを殊さら紹介するのは、父の霊とウッドマン氏とのつながりは、すでにその時点から始まっており、本書に収められたメッセージを父が届けることができたのも、ほかならぬウッドマン氏の霊的能力(自動書記)のお蔭であり、そうしたいきさつは読者の皆さんにとっても興味ぶかいことであろうと考えるからです。

大惨事が起きてから二週間後のことです。多才な霊媒として有名な・リート女史による交霊会(*1)において、父が顔だけを物質化して出現する(*2)のを見ました。そして語る声も聞きました。その声は、タイタニック号に乗船する直前に私に別れを告げた時の声と同じように、はっきりとしておりました。父との話は三十分以上にも及びました。

《(*1)文字どおり〝霊と交わる会〟のことで、数人から十数人で家庭内で行なうのを家庭交霊会(ホームサークル)、大きな会場で数十人とか数百人を相手に行なう場合を公開交霊会(デモンストレーション)という。デモンストレーションは主として霊視能力と霊聴能力で行なわれるが、ホームサークルでは霊の生前の声が聞かれたり、次の註にあるように、生前そのままの容貌や容姿全体が出現することがある。

(*2)これを物質化現象という。霊媒の身体から抽出される神経細胞の一種に、霊界の特殊成分を混合して作られるエクトプラズムという半物質を霊体にまとうことによって姿を見せる現象。

顔とか手足だけの部分的現象と、全身がそっくり出現する全部的現象とがある。全部的現象で有名なのは、英国の物理化学者ウィリアム・クルックス博士が少女霊媒フローレンス・クックを使って自室で行なった実験に出現した、ケーティ・キングと名のる霊で、博士はそれを四十四枚の写真に収めて公表し、大センセーションを巻き起こした。人類史に残る画期的な事件だった。これについては巻末の“訳者あとがき”で改めて取り上げるが、博士の報告書(リポート)によると、肌ざわりや話しぶり、動作などすべてが人間と少しも変わらず、手を取ってみると温かくて脈拍まで打っていたという。こうした事実は将来の研究テーマであろう。

エクトプラズムという用語はフランスのノーベル賞生理学者シャルル・リシェ博士が、〝抽出された〟という意味のギリシャ語エクストと、原形質を意味するプラズマとで合成したもの――訳者》

これを突拍子もない話と思われる方が多いでしょう。が、紛れもない事実なのです。出席していた何人もの人が証言してくれております。私はそれを記事にして雑誌に掲載していただきましたが、その時の出席者全員が署名入りで証人となってくれました。

その日から、十年後の今日まで、私は父と絶えず連絡を取り合っております。何度も語り合っておりますし、通信も受け取っております。その内容は、父が死後もずっと私たちの生活に関わっている確固たる証拠にあふれております。

はっきり申し上げて、タイタニック号とともに肉体を失って霊界入りした十年前よりも、むしろ現在の方が心のつながりは強くなっております。もちろん死の直後は、その姿が見えなくなったということだけで大きな悲しみを覚えておりましたが、その後は別離の情はカケラも感じなくなっております。



《娘エステルの写真に出たステッド氏》



さて、一九一七年に、兵役期間を終えたウッドマン氏が私たちのもとに帰ってきました。そして、程なくして彼のもとに親友の戦死の報が届けられると、それまであまり関心を持たなかった死後の世界との交信に強い関心を寄せるようになりました。ぜひともその親友の霊との交信をしようと一生けんめいになったのです。いつの時代にも、愛する者の死は大きな探求への刺激となるようです。

間もなく、その友人の存続と、交信の可能性を示唆(しさ)する確固たる証拠が得られました。最初の証拠が得られたのは、・ピーターズ氏による交霊会においてであり、ひき続き、かの有名なオズボーン・レナード夫人、さらには霊媒能力をもつ友人を通じて、次々と証拠が得られました。

ピーターズ氏による交霊会には私も列席しておりました。その時は私の父も出現しました。ウッドマン氏の友人の霊が言うには、最初の交信の試みが成功したのは私の父がいて手助けしてくれたから(*)とのことでした。

《(*)霊界から地上界へ通信(メッセージ)を届けるには、大きく分けて〝書く〟方法――自動書記――と〝語る〟方法――霊言・直接談話――の二種類があるが、いずれの場合もさきの物質化現象の訳注で紹介したエクトプラズムが最大のエネルギー源となる。といって、それを利用すれば誰にでも通信ができるかというと、これにも要領(コツ)があって、そう簡単にはいかないようである。

そこで、ピーターズ氏の友人の場合のように、他界して間もない霊が通信を送る場合は、ステッド氏のような霊に手助けしてもらうか、前出のレナード霊媒の支配霊フィーダのような、そういうことに馴れている霊に代弁または通訳してもらうかの、いずれかになる。もちろんこれは“まじめな霊”の場合である。それ以外にイタズラ霊がそれらしく演技して適当にごまかす場合もあるから、用心が肝要である。――訳者》

そういう体験のすぐあとからウッドマン氏は自分に自動書記能力があることを発見し、彼を通じて、父をはじめ何人かの霊が通信を送れるようになりました。父はいつも私が同席してくれることを望みました。私がいないと、そうでなくても難しい通信がさらに難しくなるとのことで、私が不在の時は滅多に通信してこようとしませんでした。その理由をこう説明してきました。父と私との間には波動的に非常に共鳴する要素があり、互いに緊密な連絡が取りやすいので、通信に必要なエネルギーを私から摂取(せっしゅ)するのだというのです。つまり私は父とウッドマン氏とをつなぐ連結役となっているわけです。

といって、私はただウッドマン氏のすぐ側に腰かけているだけで、何もしません。が、部屋にいる私たち二人を包むような光輝をよく見かけます。そんな時、ウッドマン氏の右腕に一本の強烈な光線が射しているのが見えます。父自身の姿が見えることもあります。姿が見えない時でも、自動書記をしている間は父の存在をひしひしと感じます。

そうした要領で受け取った父からのメッセージは相当な量にのぼります。一九一八年には毎週一回、きちんと交霊会を開いた時期があり、第一次大戦がまだ終結していないこともあって、最前線の様子や、これからどう展開するかについての通信を得ておりました。通常のニュース報道よりも何日も前に〝予報〟を受けていたことがしばしばありました。一度だけですが、来週の新聞の見出しはこう出る、と父が言ってよこし、事実その通りになったこともありました。

父とウッドマン氏との関係について、興味ぶかいと同時に、大切でもある事実をここで述べておきます。

父は、生前、ウッドマン氏とは一度しか会ったことがありません。それも父がタイタニック号で英国を発つ少し前に私がウッドマン氏を紹介した時で、その時も、二言か三言、言葉を交わしただけでした。したがってウッドマン氏は、父のことを個人的には何も知りませんし、ましてや、父の著作や評論活動に関与したことは、まるでありません。にもかかわらず、ウッドマン氏が受け取ったメッセージの文体や用語が父のそれにそっくりなのです。

さらに面白いのは、文章を綴(つづ)る時のクセまで父にそっくりだということです。ウッドマン氏は自動書記の最中は目を閉じており、ハンカチで押さえることもよくありました。部屋は薄暗くしてあり、すぐ側で見ている私にもその文章が読めないことがありましたが、用紙から文字がはみ出してしまうことは絶対にありませんでした。

明らかに父は、自分で書いたものをもう一度読み返しているようで、“”の点や“”の横棒をきちんと書き直しておりました。これは父の生前からのクセで、いったん書き終えた記事をもう一度読み返しながら、“”の点や“”の横棒を描き直していたものです。そのクセを知っているのは、私を含むごくわずかな人に限られており、ウッドマン氏が知っている可能性はまったくありませんでした。

そうした要領で受け取った長文のメッセージのうちの二つが、すでにパンフレットになって公表されています。二つとも休戦記念日(十一月十一日)に父から送られてきたもので、一つは一九二〇年に、もう一つは翌二一年に受け取ったものです。

一九二〇年のメッセージは予告なしに、いきなり届けられました。記念日を前にした日曜日に、母と私、それにウッドマン氏を含む二、三の知人ばかりで紅茶を飲みながら、世間話に花を咲かせておりました。そこへ突然、父が入って来たのを私は感じ取りました。そして、書き送りたいメッセージがあるから用意をしてほしい、と頼んでいるように思えました。ひどくせっつかれる感じがしました。

しかし、その日は無理でしたので、明日の夜に、という約束をしました。ウッドマン氏はその夜の九時ごろ来てくれました。暖炉のそばで二人で談笑していたところ、やがて父が入ってくるのを感じ取りました。そこで私たちもすぐさま自動書記の用意をしました。

生前の父はいつもそうで、ある大事な用事を思いつくと、もうそれ以外のことは一切考えず、それ一つに集中して、まわりの者を急(せ)かせるのです。二人の用意が整うと、いきなりウッドマン氏の手が動きはじめ、次のように綴りました。

「今、まとまった長文のメッセージを用意してきているのだが、そちらに異存がなければ、このまま続けて書き送らせてほしい」

そう述べたあと、一呼吸置いてから、猛スピードで書きはじめ、ほぼ三十分ほどで書きあげました。そした私に、それを読み返して必要なところに句読点を入れてほしい、と指示してきました。

そう書き終えると、他のことは一言も述べずに、父はさっさと居なくなりました。私たち二人にとってその三十分間はまるで台風が通過したみたいでしたが、それだけの価値はありました。翌日そのメッセージを印刷してセノタフ(*)を訪れた人に配布しました。翌一九二一年のメッセージも同じ要領で届けられ、二つともパンフレットに綴(と)じて、休戦記念日の式典に参加した方全員に配りました。

《(*)ロンドンにある第一次大戦戦歿(せんぼつ)者の記念碑。毎年、休戦記念日にその記念碑の前で式典が取り行なわれる――訳者》

父が、本書に収められた通信を送りたいという意思表示をしてきたのは、その一九二一年のメッセージが送られてきてから間もなくのことでした。これは相当な分量になると直感した私たちは、そのつもりであることを第三者の霊媒を通して伝えてほしい、と要請しました。

父はそれを、レナード夫人の交霊会で出席者の一人に伝えることによって約束を果たしました。一連の長文の通信を送りたいので、そのつもりで臨んでほしい――内容は自分の霊界入りの様子と、その後の体験となる、ということでした。

ウッドマン氏も私も忙しい身で、こうした霊的なことに割ける時間は限られているために、二人の都合がうまく嚙み合わないことがしばしばでした。そのため、父からのメッセージを受け取り終わるまでに数か月を要しました。受け取る要領はさきに述べたのと同じです。初めから本書の目次どおりに届けられたわけではありません。が、全体としての構成に関しては明確な指示が届けられておりました。

本書を書く意図に関しては、父自身が〝まえがき〟の中で述べておりますので、改めて述べる必要はないでしょう。ただ、父の当初の予定では、もっと長文のものを念頭に置いていたようです。が、書いていくうちに、あまり長くない方が多くの人に読んでいただけるし、価格も安くて済むだろうと考えるようになったみたいです。いかにも父らしい考えであることは、父を知る人ならお認めになることでしょう。

以上、私は本書を構成している通信がどういう経緯で入手されたのか、そして又、それが間違いなく私の父ウィリアム・ステッドから届けられたものであることを確信する根拠は何かについて、簡略に述べさせていただきました。あとは読者の皆さんが本文をお読みいただいて判断していただければ、それで結構です。

きっと多くの方が、本書をただならぬものとお感じになるであろうことを、私は確信しております。願わくは、死後はどうなるかについて、従来のただの信仰とは異なる現実味のあるものに目覚められ、みずからの手でさらに確固たる証拠を求める努力をなさるようになっていただければ、本書に関わった三人、すなわち父とウッドマン氏と私にとって、それにまさる満足はございません。

一九二二年九月



 ●まえがき



《ウィリアム・ステッド》



オカルト的なものや霊的なもの、要するに未知の力の働きに初めて接した人は、大いにうろたえるものです。大自然の神秘は本来は探求のよろこびを与えてくれるものであり、神秘的であること自体が探求と研究の刺激となり、未知なるものを征服し、それまでに知られていない、あるいは証明されていない分野についての知識を得たいと思わせるのが普通です。

しかしこのことは、どうやら死後の生命にまつわる神秘を扱う際には当てはまらないようです。どこか、〝恐怖心〟というものが付きまとうもののようです。大ていは地上時代に知り合っていた人、あるいは愛し合っていた人の霊に対する“心情的”なものにすぎないのでしょうが、それに“信仰的”なものが加わると、その霊にとって有害となるのではないかとの恐れが伴うのです(*)。

《(*)キリスト教では死後は“最後の審判日”まで墓地で眠っているとの信仰があり、それゆえ、霊と交信することはその霊の安眠を妨げることになると考えて、交霊会を邪道であると主張する――訳者》

見方によっては、そうした心情は一概にいけないこととも言えません。利己心がないことの証拠であると言えます。そういう理由から交霊を控える人は、向上の可能性を秘めている人と見ることもできます。そういう謙虚な心の持ち主が本格的に真理の探求に乗り出せば、大いなる援助を受けて飛躍的に進歩します。

他方、神秘的直観によって神との直接の接触を求められるとする思想に染まった人は、そんな死者の殻にすぎないものと接触することを気味悪がります。さらには、未熟で無教養であるがゆえの“無知”が恐怖心を生んでいる場合もあります。学校教育を受けていないという意味ではありません。霊的なものを理解する感性に欠けているという意味です。

その種の人たちに対して深甚(しんじん)なる同情を禁じ得ないのですが、私の場合は地上時代からそういう人々を気の毒に思い、死後の世界の実相について啓発したいと努力してまいりました。物的生活のさまざまな制約から思うにまかせませんでしたが、このブルーアイランドに来てからも、引き続き啓発の仕事にたずさわっており、その仕事の量と行動範囲は地上時代の比ではありません。

《(*)死んで霊の世界へ行けばみんな霊的実在に見覚めると思うのは大間違いである。いちばん不思議なのは、死んだことに気づかずに地上時代と同じ生活の場をうろつきまわり、家族も含めて誰も自分のことをかまってくれないので、自分の方が失語症にでもなったのかと思い込んでいる者すらいることである。

たとえ死んだことに気づいても、地上との悪縁が立ち切れずに、実質的に地上的波動の世界に生きている者もいる。たとえば死刑囚などが復讐心を抱きつづけている場合などである。

その他には、さきの〝註〟で指摘したように、地上時代の間違った信仰が足枷(あしかせ)となって、向上進化を妨げられている場合や、知性が強烈すぎて、自分の想像した宇宙観、一種の想念の世界に閉じ込もったきり、何百年も何千年も過している者もいるという。それをある通信では〝知的牢獄〟と呼んでいる。ステッドが「引き続き啓発の仕事にたずさわっている」と述べているのは、そうした霊界での“落第生”を相手にした仕事のことである――訳者》

私はまずまずの成功をおさめたと申してよいかと思っております。と言っても、多くは理解(さとり)へ導く霊的知識の階段の、やっと途中まで来た程度です。

私は今〝幸せへ導く〟と書こうとして、“幸せ”を“理解”に置きかえました。幸せというものの捉え方は人によってまちまちだからです。地上の人たちが用いている意味での幸せは、人生の存在理由(レーゾンデートル)とは言えません。幸せになるために地上に存在しているのではないということです。幸せとは、成し遂げた仕事、達成した進歩、人のために尽くしたサービスに対する報いとして味わうものです。それを生み出すのが〝理解〟なのです。

今も述べた通り、こちらへ来てからの私の仕事はまずまずの成果をあげておりますが、このたびの企画は、こちらへ来てから新たに手にした霊的知識を、私の体験をまじえて皆さんにお届けすれば、私が人類のためを思って手がけてきた仕事をさらに一歩推し進めることになると信じた上でのことです。

これから私がお届けするものに興味をもってくださる方は多いことでしょうが、さらに多くの方にとっては、何の意味もなさないかも知れません。でも、私が課題として持ち出すものは、その気になれば、ある程度まで自分でその真実性を吟味(ぎんみ)することができるものにしたいと考えております。霊的直観力によって判断できるという意味です。

読むに値するメッセージ――神がその無限なる愛によって、私をその通路となることをお許しになった言葉であることを直観なさるはずです。本書は、生命の神秘に関する“私の考え”を述べたものではありません。私が説明したものにすぎません。

全体としてキリスト教的色彩は免れないと思います。が、その解釈は、一般に受け入れられている伝統的キリスト教とは異なります。たとえばキリスト教では罪を悔いてイエスへの忠誠を誓えば、死後ただちに天国へ召されると説きますが、これはとんでもない間違いです。

“死”は一つの部屋から別の部屋へ移る通路にすぎません。二つの部屋は装飾も家具の配置もひじょうによく似通っております。そこが大事な点で、皆さんにせひ理解していただきたいことです。この世もあの世も、同じ神の支配下にあるのです。同じ神が全界層を経綸(けいりん)しておられるのです。

第一章はやはり、肉体を離れてこちらへ到着する時の様子から始めることになるでしょう。今も言った通り、本書で述べられることは、多くの人から関心を寄せられることでしょう。そして、これが精神的な救いになる方も、少数ながらいらっしゃるでしょう。この企画に関与する者たち(*)が意図している目標は、実はその少数の人たちなのです。あまり学問的になりすぎないように心掛けるつもりです。すべて、健全な常識でもって判断すれば納得がいくものばかりです。真実なるものは、無きものにしようとしてもムダです。

《(*)この言い方から判断して、やはり相当数から成る霊団が結成されていたものと察せられる。ステッドがその中心的支配霊だったのであろう――訳者》

全体を通じて私は簡潔ということをモットーにしました。煩(わずら)わしい内容をこまごまと解説したものは敬遠する人でも、簡潔で短いものなら読んでくださるだろうという、ただそれだけの理由からです。

最後に申し上げておきたいのは、興味をもたれる方も無関心の方も、つまりスピリチュアリズムと呼ばれている大問題の真実性を信じている人も、疑問に思っている人も、ともに今なお地上に存在する身の上であり、従ってそれ相当の義務を背負っているということです。日々の生活があり、為すべき仕事があります。死後の世界がいくら明るく美しいからといって、現実の生活を疎(おろそ)かにしてはなりません。心の片隅に明日の楽しみを宿しながら今日を生きるというのが、正しい生き方でしょう。

又、スピリチュアリズムの現象面は必ずしも万人向きではないということも忘れないでいただきたいと思います。霊界通信というものを、心霊現象を基盤とした上で理解することができないタイプの人が多いのです。霊の教えということだけで有り難く読むだけで、その真実性の根拠としての現象には関心をもたないのです。

そういうタイプの人にとっては書物と他人の体験から得る知識だけで十分であり、むしろそれ以上深入りしない方が賢明でしょう。その意味でもスピリチュアリズムは万人に押しつけるべきものではないわけです。

ウィリアム・ステッド



《1章》タイタニック号の沈没直後

地上時代の、それもずいぶん昔の話ですが、私は以心伝心(テレパシー)の可能性を論証した新刊書『生者の幻像』(*1)の紹介記事を見てさっそく買い求め、何度も何度も読み返して、その真実性を認めざるを得なくなりました。その率直で実例に即した解釈に、非常な感銘(かんめい)を受けたものです。それが私にとって、スピリチュアリズムという途方もなく大きな課題に積極的な関心を抱くことになる最初の動機でした。

その時以来、スピリチュアリズムの真実性を証明し、その知識を広めるために、私は出来るかぎりの努力をしてまいりました。スピリチュアリズムについては、すでにご存知の方も多いことでしょう。まったく馴染(なじ)みのない方でも、その気になれば、知るための資料ならいくらでも入手できます(*2)。そこで、地上時代の私のスピリチュアリズムとの関わり合いについては省略して、このブルーアイランドに来てからの地上世界との関わり合いについて述べることにしましょう。

《(*1)『Phantasms of the Living』(未翻訳)。これは、古典学者で心理学者のフレデリック・マイヤースと、郵政省の役人で作家のフランク・ポドモア、それに音楽家で医学者のエドマンド・ガーニーの三人の共同研究をまとめたもので、直接執筆したのはガーニー。タイトルからは、生者と生者との間の想念の伝達が実在することを論証したかの印象を受けるが、伏線として、生者と死者との間の思念の伝達の可能性の証明にもなっていた。その証拠に、マイヤースの晩年の大著『人間の個性とその死後存続(Human Pelsonality and Its Survival of Bodily Death)』(未翻訳)の第七章が Phantasms of the Dead すなわち〝死者の幻像〟となっている。なお、レテパシー(以心伝心)やスーパーノーマル(超常)といった用語はマイヤースの造語である――訳者》

(*2)日本にスピリチュアリズムを紹介した草分けは浅野和三郎であるが、その後の新しい資料を豊富に使用して私が総合的にまとめた『人生は霊的巡礼の旅』(ハート出版)が、入門書としては最適であろう――訳者》

地上時代にスピリチュアリズムとの出会いによって驚くと同時に感動したのと同じように、私は、今度はこちらへ来てみて、地上時代に得た霊的知識が重要な点において百パーセント正確であることを知って、驚き、かつ感動しました。そうと知った時の満足はまた別格でした。学んでいた通りなので、驚きと喜びを同時に感じたものでした。

と言うのも、根本的には絶対的な確信があったとはいえ、細かい点で不安に思うことが幾つかあったのです。それだけに、実際にこちらへ来てみて、それが“まさか”と思えるほど、私の予想を裏切って現実であることを知り、満足したわけです。どこか矛盾しているように思われる方がいるかもしれません。確かに矛盾しているのです。

と申すのも、私の地上時代の不安は、もしかしたら霊の世界には地上とはまったく異なる存在原理があって、地上界へ届けられる霊界の事情は、人間に理解できるように表現されているのであって、あるがままを正確に叙述(じょじゅつ)したものではないのではないかという推察に根ざしていたのです。ところが現実は、地上とそっくりでした。

私が地上を去って霊界入りする時の様子については、ここではあまり述べたくありません。すでに、いろんな場所で何度も述べております。死の瞬間は、当然のことながら、大変な混乱状態となりました。が、それが治ってからは、死後の後遺症のようなものは、二度と体験しておりません。が、その死の瞬間のことは述べる気になれません。

何よりも私が驚いたのは、あの混乱状態の中にありながら、他の溺死(できし)者の霊を私が救出する側の一人であったことです。私自身も本当は大変な状態にあったはずなのに、他の霊に救いの手を差しのべることができたという、その絶妙の転換は、率直に言って、まったくの驚きでした。その時の事情が事情でしたから、なぜだろう? 何のために? といったことを考える余裕はありませんでした。そんな疑問が顔をのぞかせたのは、少し後のことです。

落ち着く暇もなく、私をさらに驚かせたのは、とっくの昔に他界したはずの知人・友人が私を迎えてくれたことです。死んだことに気づく最初の原因となったのはそのことでした。そうと知って、どきっとしました。

次の瞬間、私は、自分で自分を点検しておりました。一瞬のうろたえはありました。が、それはホンの一瞬のことです。すぐに落ち着きを取り戻すと、死後の様子が地上で学んでいた通りであることを知って、何ともいえない嬉しい気持ちになりました。ジャーナリストの癖で、一瞬、今ここに電話があれば と、どんなに思ったことでしょう。その日の夕刊に特集記事を送ってやりたい気分でした。

以上が、他界直後の私の意識的反応です。それからその反動ともいうべき変化が生じました。茫然自失(ぼうぜんじしつ)の心境になり、やがて地上の我が家のことが気になり始めました。その時点では、タイタニック号沈没のニュースはまだ入っていなかったはずです。ニュースを聞いたら家族の者はどう思うだろうか。その時の私の心境は、自分はこうして無事生き続けているのに、そのことを知らせてやるための電話が故障して使いものにならないという、じれったさでいっぱいの状態に似ていました。

そのとき私は沈没の現場に来ておりました。他界後のことを長々と述べてきましたが、時間的にはまだ何分も経っていなかったのです(*)。地球のすぐ近くにいましたから、その現場のシーンがありありと見えるのです。沈没していく船体、ボートで逃げる船客――そのシーンが私を自然と行動に移らせたのです。救ってあげなくては! そう思った次の瞬間には、私は茫然自失から覚めて、水没して肉体から離れていく人たちを手引きする役をしておりました。

《(*)地上での時間は太陽と地球との関係から割り出された単位を規準にしていて、地上界特有のものであり、普遍性も実在性もないのであるが、われわれは知らず知らず、それを普遍的なもの、実在するものと錯覚している。ために、時間というものが存在しない、時の経過もない、ただ成長と進化と環境の変化しかない霊界との間に、人間には信じられないような食い違いが生じることがある。たとえば、次のような体験をどう理解なさるであろうか。

日本のある心理学者から聞いた話であるが、ある男性が車にはねられて二、三メートル先に飛ばされた。その、はねられて二、三メートル先の地面に落ちるまでの一瞬の間に、それまでの何十年かの人生がビデオで見るように、眼前に展開したという。「本人がそう言うのですから、間違いなく見たのでしょう」と、その心理学者は言っていた。

もう一つ、これは英国人の体験話であるが、ガケから足を踏みはずして二、三十メートル下に転げ落ちた。もう死ぬ! と思った次の瞬間に、それまでの人生での主な対人関係を思い出した。あれは自分が悪かった。いや、これは絶対に間違っていない、と、その一つ一つについて判断を下したという。

いずれも、その一瞬の間だけ肉体から離れて、霊的感覚でそれを見たのである。モーツァルトは、演奏すると一時間以上もかかるシンフォニーを一瞬のうちに聞いて、それを記憶していたという。こういうのをインスピレーションというのであろう――訳者》

自分でも何が何だかさっぱり分からないのですが、私は必死になって手引きして、大きな乗り物とおぼしきものに案内してあげました。やがて、すべてが終了しました。まるで得体の知れない乗り物が出発するのを待っている感じでした。言わば、悲劇が完了するのを待っていたようなものです。ボートで逃れた者はもちろん生きて救われました。が、溺死した者も相変らず生きているのです。

そこから妙なことが起こりました。その得体の知れない乗り物――というよりは、われわれが落ち着いた場所全体が、いずことも知れぬ方向へゆっくりと移動を始めたのです。

そこに集まっている人たちの状景は、それはそれは痛ましいかぎりでした。死んだことに気づいた者は、あとに残した家族のことと、自分はこれからどうなるかが不安のようでした。このまま神(ゴッド)の前へ連れて行かれて裁きを受けるのだろうか――どんな裁きが下されるのだろうかと、おびえた表情をしておりました。

精神的ショックで、茫然としている者もいました。何がおきたのかも分からず、無表情でじっとしています。精神がマヒしているのです。こうして、新しい土地での評決を待つ不思議な一団がそこに集まっておりました。

事故はほんの数分間の出来事でした。あっという間に大変な数(一五〇〇余名)の乗客が海に投げ出されて溺死し、波間に漂っておりました。が、その死体から脱け出せた霊が次々と宙空へと引き上げられていったのです。生きているのです。中にはすこぶる元気なものもいました。死んだことに気づきながらも、貴重品が惜しくて手に取ろうとするのに、どうしても摑(つか)めなくて、かんしゃくを起こしている者もいました。地上で大切にしていたものを失いたくなくて必死になっているのでした。

もちろん、タイタニック号が氷山と激突した時のシーンはあまりいいものではありませんでしたが、否応なしに肉体から救い出されて戸惑う霊たちの気の毒なシーンは、その比ではありませんでした。胸がしめつけられる思いのする、見るにしのびない光景でした。その霊たちが全て救出されて一つの場所に集められ、用意万端が整ったところで、新しい土地(ブルーアイランド)へ向けて、その場全体が動き出したのです。

奇妙といえば、こんな奇妙な旅も初めてでした。上空へ向けて垂直に、物凄いスピードで上昇していくのです。まるで巨大なプラットホームの上にいる感じでした。それが強烈な力とスピードで引き上げられていくのですが、少しも不安な気持がしないのです。まったく安定しているのです。

その旅がどのくらいかかったか、又、地球からどれくらいの距離まで飛んだのかは分かりません。が、到着した時の気分の素敵だったこと うっとうしい空模様の国から、明るく澄み切った空の国へ来たみたいでした。全てが明るく、全てが美しいのです。

近づきつつある時からその美しさを垣間(かいま)見ることができましたので、霊的理解力の鋭い人は、たぶん急逝した者が連れて行かれる国なのだろうなどと言っておりました。神経的にまいっている新参者が、精神的なバランスを取り戻すのに適した場所なのです。

いよいよ到着するころまでには、みんな一種の自信のようなものを抱くようになっておりました。環境のすべてに実体があること、しっくりとした現実感があること。今しがたまで生活していた地上の環境と少しも変わらないことを知ったからです。違うのは、全てが地上とは比較にならないくらい明るく美しいことでした。

しかも、それぞれに、かつて地上で友人だった者、親戚だった者が出迎えてくれました。そして、そこでタイタニック号の犠牲者は別れ別れになり、各自、霊界での生活体験の長い霊に付き添われて、それぞれの道を歩みはじめたのでした。

《(*)注釈――他界直後の体験、すなわち死後の目覚めの様子を綴った霊界通信を数多く翻訳してきた私も、これほど劇的な内容のものは初めてである。死に方が異なれば死後の目覚めも異なった形を取るのは当然であるが、大惨事でおびただしい数の犠牲者が出た場合は、地上でも救出活動が大々的に行なわれるように、霊界においても〝見えざる力〟によって大規模な救出活動が行なわれることが、これでよくわかる。

これに関連した話で興味深い記録を紹介しておく。ステッドはそれから四年後の一九一六年に、米国の精神科医カール・ウィックランド博士が行なっていた招霊実験会に出現している。招霊というのは文字どおり〝霊を招いて〟霊媒に乗り移らせ、その発声気管を使ってしゃべってもらう一種の霊言現象である。

ステッドは、事故以来ずっと、自分が死んだことに気づかずに迷い続けている霊を覚醒させる仕事にたずさわっていたが、どうしても手に負えない時はこの招霊の手段を取ることがあった。以下は博士の記録の一部である。

まずステッドが出て簡単な事情を説明したあと、別の霊がまるで海に投げ出されて必死に助けを求めているような状態で出現した。

霊「助けてくれ! 助けてくれ!」

博「どちらから来られましたか」

霊「今ここを出て行った人が、ここに入れと言うものですから来ました」

博「海の中にいたのですか」

霊「溺(おぼ)れたのです。でも、また息を吹き返しました。今の方の姿は見えないのですが、声だけは聞えました。〝ここに入りなさい。そのあといっしょに行きましょう〟と言ったのです。ですが、どこにいるのか分かりません。目が見えなくなってしまった! 何も見えない! 海の水で目をやられたのかも知れませんが、とにかく見えません」

博「それは霊的な暗闇のせいですよ。死後にも生命があることを知らずに肉体から離れた人は、暗黒の中に置かれるのです。無知が生む暗黒です」

霊「今、少し見えるようになりました。少し見えかけては、すぐまたドアが閉められたみたいに真っ暗になるのです。妻と子供のそばにいたこともあるのですが、二人とも私の存在に気がつきませんでした。今はドアが開いて寒い戸外に閉め出されたみたいな感じです。わが家に帰っても孤独です。何かが起きたようには感じてますが、どうしてよいのか分かりません」

博「ご自分が置かれている状況がお分かりにならないのですか」

霊「一体、私に何が起きたのでしょうか。この暗闇は何が原因なのでしょうか。どうしたら抜け出せるのでしょうか。自分のことがこんなに思うようにならないのも初めてです。いい感じになるのは、ほんのいっときです。今、誰かの話し声が聞えます。おや、さっきの方が見えました。ステッドさんとおっしゃってましたね?」

博「そうです。あなたが来られる前にステッドさんがその身体(霊媒)で挨拶されたのです。あなたをここへご案内したのはステッドさんですよ。ここに集まっている者は、あなたのように暗闇の中にいる霊に目を覚ませてあげる仕事をしているのです」

霊「ひどい暗闇です。もう、ずいぶん長い間この中にいます」

博「いいですか、〝死〟というものは存在しないのです。地上で始まった生命は肉体の死後も続くのです。そして、その霊の世界では、人のために役立つことをしないと幸せになれないのです」

霊「たしかに私の生活は感心しなかったと思います。自分のためにだけ生きておりました。楽しいことばかり求めて、お金を使い放題使っておりました。このところ、自分が過した生活ばかり見せられております。見終わると真っ暗になります。それはそれはひどい闇です。過去の生活の一つ一つの行為が目の前に展開し、逃げ出そうとしてもダメなのです。ひっきりなしにつきまとって、なぜこんなことをしたのかと責め立てます。たしかに、今思うと、わがままな選択ばかりしていたことが分かります。ですが、後悔先に立たずで……」

博「地上で自分本位の生活ばかりしていた人は、大てい霊界へ行ってから暗闇の中に置かれます。あなたはこれから霊界のすばらしい側面を勉強して、人のために役立つことをすることが、霊の世界の大原則であることを理解しないといけません。その時に味わう幸せが〝天国〟なのです。天国とは精神に生じる状態の一つなのです」

霊「なぜそういうことを地上で教えてくれないのでしょうか」

博「そんな話を、地上の人間が信じるでしょうか。人類は、一握りの人を除いて、大体において霊的なものを求めず、ほかのこと、楽しいこととお金になることばかり求めます。霊的真理は求めようとしないものです」

霊「何となく奇妙な感じがじわじわと迫ってくるみたいです。おや、母さん! 母さんじゃないの! ぼくはもう大人なのに、何だか子供に戻ったみたいな感じがする。ずいぶん探したんだけど、ぼくはずっと暗闇の中で生活していて……なぜこんなに見えないのでしょう? この目、治ると思いますか、母さん? このままずっと見えないままですかね? 母さんの姿は見えるのに、それでも盲目になったような感じがするのは変だと思わない?」

博「あなたは肉体が無くなって、今は霊的な身体に宿っているのです。だから、その霊体の目が開けば霊界の美しいものが見えるようになるのです」

霊「あそこにステッドさんがいるのが見えます。同じ船に乗り合わせた方です。なのにステッドさんは暗闇にいるように見えませんが……」

博「あの方は地上にいた時から霊界のことや、こうして地上へ戻ってこれることを、ちゃんと知っておられたのです。人生というのは学校のようなものです。この地上にいる間に死後の世界のことを出来るだけたくさん知っておかないといけないのです。霊界へ行ってから辺りを明るく照らす光になってくれるのは、生命の問題について地上で学んだ知識だけなのです」

霊「そういうことをなぜ誰も教えてくれなかったのでしょうか」

博「では、もし誰かがあなたにそんな話をしていたら、あなたはそれを信じたと思いますか」

霊「私がつき合った人の中には、そういう知識をもった人はいませんでした」

博「今年は何年だと思いますか」

霊「一九一二年です」

博「実は一九一六年なのです」

霊「では今まで私はどこに行ってたのでしょう? お腹は空くし、寒くて仕方がありませんでした。お金はたっぷりあったのです。ところが最近は、それを使おうと思っても手に取れないのです。時には暗い部屋に閉じこめられることもあります。その中で見せられるのは、過去の生活ばかりなのです。

私は決して悪いことはしておりません。ですが、いわゆる上流階級の人間がどんなものかは、あなたも多分ご存知と思います。私はこれまで〝貧しい〟ということがどういうものかを知りませんでした。今回のことは私にとってまったく新しい体験でした。なぜ世の中は、死ぬ前にそれを思い知らされるようになっていないのでしょうか。地上で思い知れば、私のように、今になってこんな苦しい思いをせずに済むでしょうに……」

博「お母さんやお友だちといっしょに行って、その方たちが教えてくださることをよく理解してください。そうすればずっとラクになります」

霊「ステッドさんの姿がはっきり見えます。あの方とはタイタニック号で知り合ったのですが、お話を聞いていて、私には用のない人だなと思っておりました。年齢もかなり行っておられたようでしたので、霊的なことを趣味でやっておられるくらいに考えたのです。人間、年を取ると、一つや二つの趣味をもつものですからね。

私にはそんなことに興味をもっている余裕はなかったのです。お金と、お付き合いのことしか関心がありませんでした。貧しい階級の人に会う機会がありませんでしたし、会う気にもなりませんでした。今はすっかり考え方が変わりました。ところが、こちらはお金に用のない世界です。

母が私を待ってくれています。いっしょに行きたいと思います。何年も会っていないものですから、うれしいです。母が言ってます――これまでの私は気の狂った人間みたいに、まったく言うことを聞かないで、手の施しようがなかったのだそうです」

博「お名前を伺いたいのですが」

霊「ジョン・と申します。皆さん方とのご縁をうれしく思います。お心遣いに深く感謝いたします。今やっと、これまで思いもよらなかったものが見えるようになり、聞えるようになり、そして理解できるようになりました。母たちが迎えにやってきました。あのきれいな門を通り抜ければ、きっと私にとっての天国へ行けるのでしょう。

改めて皆さんにお礼を申し上げます。いつの日か、もう一度戻ってこれることを期待しております。さようなら」》

C.Wickland : Thirty Years Among The Dead より
(ハート出版にて近刊予定)



  ●史上最大の船舶事故はこうして起きた

下参考資料「ニュートン」4月号(教育社)、「エンサイクロペディア・アメリカーナ」その他。



史上最大の船舶事故はこうして起きた

飛行機による旅客輸送がまだ夢物話だった1900年前後は、客船による輸送でヨーロッパの各社がスピードを競い合っていた。中でも人気の高かったのは北大西洋横断航路だったが、英国のホワイト・スター社はスピードから豪華さへと方針を切りかえた。その第一号がタイタニック号だった。全長260メートル、幅28メートル、総トン数4万6千トン、一等船室と二等船室には専用エレベーターが付いており、レストラン、体育室、プールといった最新の設備で豪華さをきわめていた。



《タイタニック号の宣伝用パンフレット》



その処女航海は1912年4月10日、サウサンプトン港を出発してニューヨークへ向かった。乗船者数2201名(2208という説もある)。一等船室には上流階級、大富豪、高官、著名人などが、二等船室には中流階級の一般人が、そして三等船室には新大陸に夢を託した移民たちが乗っていた。

その時期はグリーンランドなどから氷山が南下してくるので、北大西洋航路のいちばん危険な季節とされていた。案の定、14日の午前9時に近くを航行していた船から最初の流氷警報が届けられていた。が、なぜか――これが今なおナゾの一つとされているのであるが――タイタニック号は全速に近い22ノット(時速41キロ)で航行を続けている。

その日午後9時四10分に二つ目の警報が入り、さらに11時30分に三つ目の、そして最後の警報が入っているが、無線士は乗客から依頼されたメッセージの打電に忙殺されて、それを見ていなかったという。

しかも、ささいなことのようで致命的原因となった事実として、マストの見張り番が双眼鏡をサウサンプトン港で積み忘れていたために、肉眼でしか見られなかったことが挙げられる。氷山に気づいた時、距離はわずか400メートルしかなく、あっという間(37秒)に右舷前半部の船腹が氷山と接触、7メートル下を100メートルも切り裂かれながら進行して、やっと止まった。午後11時30分頃のことだった。

〝不沈〟をうたわれ、またそう信じ込んでいたためであろうか、船長が沈没の危険に気づいて遭難信号を出すよう指令したのは、30分以上もたった午前0時15分だったという。その間、乗客のほとんどが事故にすら気づいていなかったという。

午前一時ごろから沈みはじめたタイタニックは、完全に水中に姿を消すまでに1時間以上もかかっている。救助されたのは救命ボート14隻、カッター2隻、救命いかだ2個による711名で、初めからあきらめて救命胴着を夜会服に着がえて船と運命をともにした人もいたという。楽団が最後まで演奏をつづけた話は有名な語り草となっている》




上参考資料「ニュートン」4月号(教育社)、「エンサイクロペディア・アメリカーナ」その他。

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《1章》タイタニック号の沈没直後

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