《13章》個人的存在の彼方へ

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地上での一生もそうでしたが、こちらへ来てからの生活も順調で、健全で、興味の尽きることがありません。

〝霊〟の話になると、とかく万能の魔力を秘めているかに想像されがちですが、私は相変らず平凡な真理探究者にすぎません。〝死〟は私を少しも変えておりません。唯一の変化は、行動が比較にならないほど迅速(じんそく)になったことです。私は大いに若返りました。この事実だけは、時がたつにつれて、ますます明確になってまいります。

死後の世界の問題に関心をもつ人は、その見解の相違はともかくとして、死後にも生命があるとする点は同じでも、では一体われわれは何のために存在しているのか、究極の世界ではどうなるのか、といった疑問を抱くことでしょう。

これは実に厄介な問題です。なぜ厄介か、われわれの理解力・洞察力に限界があるからです。人間はもとよりですが、霊的存在となった私たちも、全知全能ではないということです。こちらへ来て、それが良く分かりました。

地上でのあなたの心の姿勢がこちらでの意識レベルを決することは、これまで何度も説明してきましたが、同じことがこちらへ来てからも言えます。つまり現在の私の界層での心の姿勢が、やがて赴く界層での境遇を決するのです。上昇するかも知れないし、下降するかも知れない。幸福感が増すかも知れないし、減るかも知れない。そしてまた、そこでの私の心の姿勢によって、さらに次の段階での境遇が決まるという具合なのです。

幸いにして向上の一途をたどったとしましょう。霊性が進化するほど、内部の霊的属性ないしは資質がますます発揮されて、いわば自給自足の生活の範囲が広がります。そうして向上していくうちに、ブルーアイランドで体験したのと同じ体験、すなわち、過去を総合的に検討させられる段階に至ります。

一人でするのではありません。ブルーアイランドの時も高級霊が付き添ってアドバイスをしてくれましたが、こんどは、さらに高級な霊――神性を身につけた存在の立ち会いのもとに行なわれ、厳しい査定を受けます。その結果、もしかしたら、もう一度地上に再生して苦難の体験をした方がよいとの判断が下されるかも知れません。あるいは、まずまずの査定を受けて、さらに向上の道を進むことを許されるかも知れません。生まれ変わりの手続きはこの段階に至って行なわれるのです(*)。その段階に至った頃には、かつての地上生活、いわゆる前世の細かいことは忘れているのが普通です。

その段階に至るまでにどの程度の期間を要するかは、一概に言えません。が、一般的に言って、ブルーアイランドを卒業したあと、実相の世界の生活を体験しながらそこに至る期間は、地上生活よりも長いのが普通です。界層が高まるほど、そこでの滞在期間は長くなります。

《(*)本書の通信霊のステッドと同じく地上でスピリチュアリズムに関心をもち、その真実性を信じて他界した後に通信を送ってきた霊に、ほぼ同時代のフレデリック・マイヤースがいる。地上時代に古典学を修めた詩人だけあって、その通信内容に学究的な香りがある。私が霊界通信によって魂を揺さぶれた最初の体験をしたのが、このマイヤースの通信を読んだ時で、浅野和三郎の抄訳『永遠の大道』と『個人的存在の彼方』だった。(今でも潮文社から復刻版が出ている)この二著は互いに補足し合う形になっていて、全体として一つと見るべきものであるが、ここでステッドが言及している再生について、別の角度から同じことを述べている。この抜粋を紹介すると長文になりすぎるので、私が簡潔にまとめると――

マイヤースの説の根幹(こんかん)をなすものは“類魂説”である。肉体に代々の親(先祖)がいるように、魂にも代々の親がいる。その魂の先祖が集まって類魂団を構成している。九章の冒頭の訳註でも述べたように、守護霊というのはその中の一人が指名を受けて責任を請け負ったものである。

さて、その類魂団を構成する霊の数は五十の場合もあれば百の場合もあり、それ以上の場合もある。それらが次々と物質界(地球ばかりとは限らない)に誕生してその体験を持ち帰る。死後しばらくの間(ブルーアイランドでの滞在期間)はその反省が主な課題となるが、その後さらに向上していくにつれて類魂の存在に気づくようになり、しかも、他の類魂の地上その他での生活体験からも自分の成長を促進するものを摂取(せっしゅ)することができるようになる。それを可能にさせるものこそが〝愛〟であるという。

その時の協調関係は筆舌(ひつぜつ)に絶する喜悦に満ちたものとなるらしい。かつて地上で英国の学校の牧師だった者、アメリカ人の商人だった者、日本人の僧侶(そうりょ)だった者もいれば、難民の子として餓死(がし)した者、過ちを犯して獄につながれたことのある者もいるかも知れない。が、今はもうそれによる魂の傷も癒え、償いも済ませて、全てが貴重な体験として仕舞い込まれていて、折りにふれ、他の類魂の成長の精神的養分に供される。

が、そうした協調関係による霊性の向上を続けていくうちに、どうしても、もう一度物質界での試練を必要とすることを明確に自覚する段階に至ることがある。それがステッドのいう再生の選択の時期である。そこに付き添ってアドバイスを与えてくれる高級霊というのは、類魂の中の先輩の一人である。

その再生がいかなる原理のもとに行なわれるかは、少なくとも私が知るかぎりでは、細かく教えてくれた通信は入手されていない。シルバーバーチ霊は「人間に教えてはなならないことがいろいろとある」と述べているが、再生の原理もその秘密の一つなのであろう。知っても知らなくても、別にどうということのないものであることは確かである。

また、巷間(こうかん)、チャネリングとかいって、前回の地上生活、いわゆる“前世”を読み取ったり、催眠術で本人に語らせたりする試みがなされているようであるが、霊ないしは自我の本性についての理解がまだまだ幼稚な今の段階で、証拠もなく益もなく、むしろ危険に満ちたことを試みるのは控えるべきだというのが、私個人の見解である――訳者》

さて、再生の必要なしとの査定が下され、さらに一歩〝進級〟することを許された霊が突入して行く世界は、それまでの“個”としての存在から“無”の存在となります。個性が消滅するという意味ではありません。個性は無くなりません。が、その影響力が他の〝一人〟ではなく他の〝全て〟に及ぶことになるということです。つまり、普遍的絶対愛の世界です。

以上はただ概略を述べただけです。進化の旅のおよその旅程を述べただけです。たとえ詳しく述べたところで、地上の人間にはとても理解できませんし、正直言って、私自身にも完全な理解はできません。何度も述べましたように、私もまだ物質界を旅立ってほんの少し霊界を見物したばかりです。ただ、実相の世界の美しさは十分に味わいました。それをお伝えしたくて戻ってきたわけです。

皆さんより一歩高い位置に立ち、皆さんには見えないものがありありと見えている者から、その絶対無の世界を説明すれば、皆さんが五十パーセントないしは六十パーセント、もしかしたら百パーセント満足するところを、そこまで到達した霊は六百パーセントの満足感を得ていると表現してもよいくらいです。これは、満足度を数値で示しただけです。その実感は説明しようがありません。無理して説明すれば

「やれやれ、そんなのはご免こうむるよ。オレはこのままで結構だ」

などとおっしゃる方がいるかもしれません。病気で療養中の人にはオートバイよりも車椅子の方が喜ばれるでしょう。が、元気盛りの若者にはオートバイの方がいいに決まっています。

それと同じです。虚相のすべてから解放された絶対的な実相の世界では、人間の想像を絶した創造の営みが続けられているのです。

それは、虚相の世界にいる、かつての身内の友人を置き去りにして、自分だけ無上の幸福感に浸るというのではありません。前にも述べましたように、この宇宙間に“別離”というものは生じないのです。果てしなく向上して行きながらも、物質界との接触が途切れることはありません。

個人的存在の次元を超えて“無”の世界へ入っても、かつての縁のあった者とのつながりが途切れるわけではありません。向上するほど愛の扉が広く開かれ、受け入れる間口が無限に広がり、ついには全てを受け入れる絶対愛の域に到達するのです。

 ●おしまいに

スピリチュアリズムという用語は、残念ながらいろいろと誤解されており、中にはただの占いか好事家(こうずか)の道楽くらいに考え、そういうものに関わるのは危険である――反キリスト的な悪魔の仕業(しわざ)に違いないと決めつけます。しかし、そう考える人たちは不幸にしてスピリチュアリズムのニセモノばかりを見せられ、ホンモノを知らずに間違った先入観から否定反応を起こしているに過ぎません。

こうした態度は、ホンモノを知っている人にとっては残念でもあり、不愉快でならないことでしょう。が、これが現実であり、無視できない勢力をもっております。今回の通信のしめくくりとして、その誤解を解き、スピリチュアリズムの真髄を述べておきたいと思います。

スピリチュアリズムは反キスリスト派による策謀(さくぼう)ではありません。スピリチュアリズムの教えの中にはキリストが説いた教えの全てが含まれております。ご承知のように、キリストは愛と寛容と助け合いの精神を第一に説きました。〝黄金律(ゴールデンルール)〟というのがそれです。

「何ごとも、人にせられんと思うことは、人にもそのごとくせよ」

そのほか、いろいろに表現されておりますが、スピリチュアリズムもまったく同じです。

キリストの弟子の中に不実な男がいたから、あるいはその後のキリスト教会の聖職者の中にも罪深い者が少なくないからといって、それだけでキリスト教を全面的にダメだと決めつけてしまう人はいないでしょう。キリスト教の教えが宗教倫理として最高のものであることは万人の認めるところです。スピリチュアリズムの霊的思想も、キリストの教えと同じ基盤の上に立っているのです。それもそのはずです、地球圏を支配しているのはキリストの霊(*)であり、それが摂理となって作用しているからです。

世界の宗教はその摂理を異なった角度から見て、それぞれの教理としているわけです。ある宗教で奨励していることを別の宗教では禁じていたりするのは、見る角度が異なるからです。そのどちらかを取るかは、各自の判断力ないしは理解力によって違ってくるわけです。その段階においてはそれでいいのです。

真理の全てを網羅(もうら)している宗教はありません。どの宗教も一面しか説いておりません。そうした中にあって、より高いものを説いている宗教と低いものを説いている宗教、より多くの真理を摂り入れている宗教と少ない宗教とがあるわけです。しかし、すべての道は究極的には一つの頂上につながっています。狭くて窮屈な道もあれば、脇道もあります。広くてゆったりとした道もあります。そして天下の公道ともいうべき幹線道路(ハイウェイ)があります。

スピリチュアリズムは神のハイウェイなのです。

《(*)キリストという霊的存在について最も詳しく説いているのは、キリスト教牧師 のジョージ・オーエンの自動書記通信『ベールの彼方の生活』の第四巻で、その中で“イエス・キリスト”と並んで、“ブッダ・キリスト”という表現が出てくる。その一節を紹介すると――

『ガリラヤのイエスとして顕現し、そのイエスを通して父を顕現したキリストが、ブッダを通して顕現したキリストと同一人物であるとの説は、真実ではありません。またキリストという存在が一つでなく数多く存在するというのも、真実ではありません。イエス・キリストは父の一つの側面の顕現であり、ブッダ・キリストはまた別の側面の顕現です。しかも両者は唯一のキリストの異なれる側面でもあるのです。

人間も一人一人が創造主の異なれる側面の顕現です。しかし、すべての人間が共通したものを有しております。同じように、イエス・キリストとブッダ・キリストとは別個の存在でありながら、共通性を有しております。しかし、顕現の大きさからいうと、イエスの方がブッダに優ります。他にもキリストの側面的顕現が数多く存在し、そのすべてに右(上)に述べたことが当てはまります』

またシルバーバーチも「イエス・キリストをどう位置づけるべきか」の質問に答えて、こう述べている。

『この問題の取り扱いには私もいささか慎重にならざるを得ません。なるべくなら人の心を傷つけたり気を悪くさせたくはないからです。が、私の知るかぎりを、そして、私が代表している霊団が理解しているかぎりの真実を有りのままに述べましょう。それにはまずイエスにまつわる数多くの間違った伝説を排除しなければなりません。それがあまりに永いあいだ事実とごたまぜにされてきたために、真実と虚偽(きょぎ)との見分けがつかなくなっているのです。

まず歴史的事実から申し上げましょう。

インスピレーションというものは、いつの時代にも変らぬ、顕と幽とをつなぐ通路です。人類の自我意識が芽生えはじめた当初から、人類の宿命の成就へ向けて大衆を指導する者への指導と援助とがインスピレーションの形で届けられてまいりました。地上の歴史には予言者・聖人・指導者・先駆者・改革者・夢想家・賢者等々と呼ばれる大人物が数多く存在しますが、その全てが、内在する霊的な天賦(てんぷ)の才を活用していたのです。それによって、それぞれの時代に不滅の光輝を付加してまいりました。霊の威力に反応して精神的高揚(こうよう)を体験し、その人を通じて無限の宝庫からの叡智(えいち)が地上へ注がれたのです。

その一連の系譜(けいふ)の最後を飾ったのがイエスと呼ばれた人物です。ユダヤを両親としれ生まれ、天賦の霊能に素朴な弁舌を兼ねそろえ、ユダヤの大衆の中での使命を果たすことによって、人類の永い歴史に不滅の金字塔を残しました。地上の人間はイエスの真実の使命についてほとんど理解しておりません。わずかながら伝えられている記録も汚染されております。数々の出来事も、必ずしも有りのままに記述されておりません。増え続けるイエスの信奉者を権力者の都合のよい方向へ誘導するために、教会や国家の政策上の必要性に合わせた捏造(ねつぞう)と改竄(かいざん)が施され、神話と民話を適当に取り入れることをしました。

イエスは(神ではなく)人間でした。物理的心霊現象を支配している霊的法則に精通した、大霊能者でした。今日でいう精神的心霊現象にも精通していました。イエスには使命がありました。それは当時の民衆が陥(おちい)っていた物質中心の生き方の間違いを説き、真理と悟りを求める生活へ立ち戻らせ、霊的法則の存在を教え、自己に内在する永遠の霊的資質についての理解を深めさせることでした。

では、バイブルの記録はどの程度まで真実なのかとお聞きになることでしょう。福音書の中には真実の記述もあるにはあります。たとえば、イエスがパレスチナで生活したのは本当です。低い階級の家に生まれた名もなき青年が、聖霊(背後霊団)の力ゆえに威厳(いげん)をもって訓(おし)えを説いたことも事実です。病人を霊的に治癒したことも事実です。心の邪(よこしま)な人間に取り憑(つ)いていた霊を追い出した話も本当です。

しかし同時に、そうしたことが全て、霊的な自然法則に従って行なわれたものであることも事実です。自然法則を無視して発生したものは一つもありません。何人(なんぴと)といえども自然法則から免脱することは絶対にできないからです。

イエスは当時の聖職者階級から、自分たちと取って代ろうとする者、職権を犯す不届き者、社会の権威をないがしろにし、悪魔の声としか思えない説教を説く者として、適視される身となりました。そして、彼らの奸計(かんけい)によってご存知の通りの最期を遂げ、天界へ帰ったあと、すぐに物質化して姿を現わし、伝道中から見せていたのと同じ霊的法則を証明してみせました。

臆病で小胆な弟子たちは、てっきり死んでしまったと思っていた師の蘇(よみがえ)りを見て、勇気を新たにしました。そのあとはご存知の通りです。一時はイエスの説いた真理が広がり始めますが、またぞろ聖職権を振り回す者たちによって、その真理が虚偽(きょぎ)の下敷きとなって埋もれてしまいました。

その後、霊力は散発的に顕現するだけとなりました。イエスの説いた真理はほぼ完全に埋もれてしまい、古い神話と民話が混入し、その中から、のちに二千年近くにわたって説かれる“新しいキリスト教”が生まれました。それはもはやイエスの教えではありません。その背後には、イエスが伝道中に見せた霊力はありません。主教たちは病気治療をしません。肉親を失った者を慰める言葉を知りません。憑依霊を除霊する霊能を持ち合わせません。彼らはもはや霊の道具ではないのです。

以上、いたって大ざっぱながらキリスト教誕生の経緯を述べたのは、イエス・キリストを私がどう位置づけるかというご質問にお答えする上で必要だったからです。ある人は神(ゴッド)と同じ位(くらい)に置き、ゴッドとはすなわちイエス・キリストであると主張します。それは、宇宙の創造主、大自然を生み出した想像を絶するエネルギーと、二千年前にパレスチナで三十年ばかりの短い生涯を送った一個の人間とを区別しないことになり、これは明らかに間違いです。相も変わらず古い民話や太古からの神話を後生大事にしている人の考えです。

ではどう評価したらいいのか。人間としての生き方の偉大な模範(もはん)、偉大なる師、人間でありながら神のごとき存在、ということです。霊力のすごさを見せつけると同時に、人生の大原則――愛と思いやりと奉仕という基本原理を強調しました。それはいつの時代にも神の使徒によって強調されてきていることです。

もしもイエスを神に祭り上げ、近づき難い存在とし、イエスの為せる業は実は人間ではなく神がやったのだということにしてしまうならば、それはイエスの使命そのものを全面的に否定することであり、結局はイエス自身への不忠を働くことになるのです。イエスの遺した偉大な徳、偉大な教訓は、人間としての模範的な生きざまです。

霊的に見れば、イエスは地上人類の指導者の長い霊的系譜の最後を飾る人物、それまでのどの霊覚者にまして大きな霊力を顕現させた存在です。だからといって私どもは、イエスという人物を“崇拝の対象”とするつもりはありません。イエスが地上に遺した功績を誇りに思うだけです。

イエスはその後も私たちの世界に存在し続けております。イエスから直々(じきじき)の激励にあずかることもあります。ナザレのイエスが手がけた仕事の延長ともいうべきこの事業(スピリチュアリズム)の総指揮に当っておられるのが、ほかならぬイエスであることも知っております。そして、当時のイエスと同じように、当時の聖職者と同じ精神構造の人たちからの敵対行為に遭遇しております。

しかし、スピリチュアリズムは証明可能な真理に立脚している以上、きっと成功するでしょうし、また、ぜひとも成功させなければなりません。

イエスを真実の視点で捉えなくてはなりません。すなわちイエスも一人間であり、霊の道具であり、神の僕(しもべ)であったということです。あなたもイエスの為せる業のすべてを、あるいはそれ以上のことを、為そうと思えば為し得るのです。そうすることによって、真理の光と悟りの道へ人類を導いてきた幾多の霊覚者と同じ霊力を発揮することになるのです』》


 ●訳者あとがき――W・ステッドとスピリチュアリズム

ウィリアム・ステッドはスピリチュアリズムの勃興(ぼっこう)期に活躍したジャーナリストであると同時に、みずからも貴重な自動書記通信を残した霊能者でもあった。

ステッドは一八四九年の生まれである。奇(く)しくもその前年が〝スピリチュアリズム元年〟と呼ばれている。そのわけは、一八四八年三月三十一日に霊界と地上界の間で初めて暗号通信が成功したからである。スピリチュアリズムの理解のためにも、ここでの経緯を詳しく紹介しておきたい。

 ◇「スピリチュアリズムの発端」

ニューヨーク州西部のロチェスターの片田舎にハイズビルという村があり、そこの一軒家にフォックスという、夫婦と末娘二人の家族が引っ越してきた(長女はすでに嫁ぎ男兄弟は三人とも独立していた)。一八四七年十二月のことである。

前の住人のウィークマン氏の話によると、どうも気味悪い音がしてしょうがないので家を売りに出したという。が、フォックス家が移り住んでしばらくは、これといって不気味な音に悩まされるということはなかった。ただ、ネズミの仕業かと思える程度の音はよく聞かれ、何となく騒々しい家だという印象は抱いたという。

それが明くる年から次第に激しさを増し、三月に入ってからは、夜になると何かを叩くような音や手でノックするような音、さらには家具を移動させているような騒々しい音が聞えるようになった。そうした音は日増しに激しさを増し、真夜中にびっくりして起きるようになった。フォックス夫妻はそのつどランプをつけて家中をまわって点検したが、何一つ変わったことは見つからない。

たとえば、ドアを叩くような音がする時はそのすぐ側に立って身構え、次に音がすると同時に開けてみるのだが、何も見当たらない。そのうち、ついに問題の三十一日がやってきた。その日は雪の降る寒い日で、嵐も強くて窓がガタガタいっていた。毎晩の出来事に業を煮やしていた両親は、二人の子供を自分たちの寝室で寝かせることにして、ベッドを運び込んだ。そして、何が起きても騒がないように言いつけて寝た。

すると間もなく子供が「また変な音が……」と叫んだ。

「放っときなさい!」と母親が叱るように言ってフトンをかぶった。とたんに、また大きな音がした。子供は怖がってベッドの上に起き上がってしまった。その時、母親が「窓が外れているのじゃないかしら?」と言うので、フォックス氏が起きて窓のところへ行き、トントン、トントンと叩いて、窓の具合を確かめた。

その時である。末娘のケートが

「お父さんが窓を叩くたびに天井から音がするよ」と言ってから、その音のする方角を向いて

「これ、鬼さん、あたしのする通りにしてごらん」と言って、親指と人差し指でパチンパチンと鳴らしてみた。

すると同じ回数だけ音が返ってきた。うれしくなったケートは「お母さん、ホラ!」と言って、もう一度指を鳴らすと、すぐまた音が返ってきた。何べんやっても返ってくる。そこでこんどは姉のマーガレットが、

「こんどはあたしのする通りにしてごらん」と言って両手で四回叩くと、すぐさま四つ音が返ってきた。

古来、霊騒動とか騒霊現象と呼ばれているものは西洋ではポルタガイストと呼ばれ、今も昔も話題に事欠かないが、このケートのとっさの機転で、それがスピリチュアリズムという大変見へと一大飛躍をとげることになった。つまり地上界と死後の世界との間で一種のモールス信号による通信が成功したのである。

コナン・ドイルはこれを海底ケーブルを使っての大陸間の電話の開通になぞらえ、テストエンジニアの間で最初に交わされた言葉は、ただ確認し合うだけの簡単なものだったであろうが、その後、国家間の重大なメッセージが交わされるようになっていったのと同じで、このケートと〝鬼さん〟との交信が、その後、死後の世界の情報がふんだんに流れ込む最初の懸け橋となった、と述べている。

たしかに、その時の対話は他愛もないものだった。二人の娘のしていることを傍(はた)で見ていた母親がその〝鬼さん〟に向かって

「じゃ、十回鳴らしてみて?」と言うと、きちんと十回音がした。
「娘のマーガレットの歳は?」と聞くと十二回音がした。
「じゃ、ケートは?」と聞くと、九回鳴った。

答えているのは何者だろうか……母親は不思議でならない。自分の思念がこだましているだけではなかろうかと思ったが、次の問答がそ疑念を打ち消した。

「あたしが生んだ子供は何人?」と聞くと七つ音がした。

「もう一度答えてみて?」と言うと、やはり七回音が返ってきた。そこでもう一ついい質問に気づいた。

「七人とも今も生きているかしら?」

これには何の応答もない。そこで

「何人生き残っているの?」と聞くと、六つ音がした。

「死んだのは何人?」と聞くと、一つだけ返ってきた。たしかに七人生んで一人死んでいた。

そこで、こんどは質問をその〝正体〟へと向けた。

「あなたは人間なの?」――返事がない。そこで

「霊なの?」と聞くと、そうだと言わんばかりのラップがした。

「近所の人たちを呼んできてもいいかしら?」と聞くと、いいと言わんばかりのラップがした。そこでフォックス氏が隣の家の奥さんを呼んできた。来た時は〝まさか……〟と言わんばかりの笑いを浮かべていたが、間もなく真顔に変った。出した質問に対する返答が瞬間的でしかも正確だったからである。そして家族の人数を尋ねた時は、驚きがその極に達した。〝三人〟と答えると思っていたら〝四人〟と答えた。実は幼い女の子を亡くしたばかりで、それを思い出して、その奥さんはその場に泣き崩れたという。

このあと、話題はさらに発展して、その霊の地上時代の身元は行商人で、四、五年前にこの家に行商に来た際に、当時の住人に殺害されて金を奪われ、死体はこの家の地下室に埋められたという事実まで述べた。そうしたセンセーショナルな話題に発展したことで、この奇怪現象は〝ハイズビル事件〟とか〝フォックス家事件〟などと呼ばれるようになって行くが、スピリチュアリズムの観点からすると、この事件のもつ意義は、殺人事件の発覚に至る以前にすでに十分に果たされていた。

つまり、地上界と死後の世界との間で交信が可能であることを証明してくれた点に、この事件の大切な意義があったのである。

《(*)(付記)平成四年六月下旬に私は、米国のナイアガラ瀑布の近くにあるリリーデールという、自然環境に恵まれたスピリチュアリズムのキャンプ地を訪れた。そこで毎年九月までいろいろな霊的な行事が行われるのであるが、私が訪れた時はこれから参加者が続々と集まってくるという時期で、まだ本格的なにぎやかさは見られなかった。

もっとも、私がそこを訪れた最大の目的は、霊的行事に参加することよりも、フォックス家の家族が住んでいた例の家屋がそっくりリリーデールに運ばれて、他のいくつかの資料とともに展示してあるとの話だったので、それをこの目で確かめることにあったのであるが、その家屋は数年前に火事で焼失したのことで、その跡地にはご覧の通りの銅板の記念碑が残っているだけだった。それにはこう綴られていた。



《上/エドマンズ判事(1816~1874)》
《下/リリーデールにあるフォックス家の記念碑。(この奥に家屋があった)》



『フォックス家を記念して――
フォックス家はマーガレットが十一歳、ケーティが九歳の時にこの家に住んでいて、一八四八年三月三十一日、人類史上はじめて人間個性の死後存続の証拠を霊界から受け取った。そしてそれがスピリチュアリズムの発端となった。

この家屋は一九一六年五月にベンジャミン・・バートレットによって買い取られ、ハイズビルからここに運ばれてきたものである』》

 ◇「心霊研究と交霊会の始まり」

それというのも、この事件がきっかけとなって全米でフォックス姉妹のような霊的媒介者(ミーディアム/のちに日本では〝霊媒〟と呼ぶようになった)と思われる人物が科学者や知識人による研究の対象とされるようになり、交霊会という、霊界との交流の場が各地で開かれるようになっていたからである。

米国におけるそうした動向の中で特筆すべき人物はニューヨーク州の最高判事、ジョン・エドマンズであろう。州議会の議長を歴任したこともある屈指の著名文化人であり、有力な次期大統領候補の一人であったために、スピリチュアリズムの真実性を支持する意見を新聞紙上で発表した時は、裁判官ともあろう者が何たること、といった非難を浴びた。

その主な原因は、当時は死後に関わる信仰はキリスト教が絶対であり、教会は死者と語り合う交霊会なるものを禁じていたからである。が、真実性を確信しきっていたエドマンズ判事は、どちらを選ぶかの決断を迫られて、いさぎよく判事職を辞任し、余生をスピリチュアリズム思想の普及のために捧げている。『ニューヨーク・トリビューン』紙に発表した論文から一部を紹介すると――

「私がこの道の研究を始めたのは一八五一年一月のことで、それから二年後の五三年四月になってようやく、霊界との通信の実在に得心がいった。その正味二年と二か月に及ぶ期間中に、私は実に何百種類にも及ぶ心霊現象を観察し、それを細かく、かつ注意深く記録した。交霊会に出席する時は必ず筆記道具を持参して可能なかぎりメモし、帰るとすぐ、その会で起きたことを始めから終わりまできちんと整理するのが習わしで、その記録の細密さは、私がかつて本職の判事として担当したどの裁判の記録にも劣らぬほどのものだった。

その調子で記録した交霊会は数にして二百回近く、費やした用紙は実に千六百ページにも及んでいる。むろん同一霊媒ばかりでなく、なるべく多くの霊媒の交霊会に出席したが、その折々の事情もまた多様で、二つとして似たような条件の会は体験しなかった。一回一回に何か新しいものがあり、前回とは違っていた。出席者も違っており、現象も主観的なものと客観的なものが入り混じっていた。

私なりに幻覚を防ぐべく最大の手段を講じた。というのも、その時からすでに私や同志たちの心の底には、現在こうして生きているわれわれが他界した過去の人物と交信するということがもしも本当だとすれば、これはなんと素晴らしいことではないかという、わくわくするほどの想いが渦巻いていたからである。

それだけに私は、そうした期待によって理性的判断が歪(ゆが)められてはならないと思い、その予防にも苦心した。それがために、時には極度に懐疑的になることもあった。来世の存在につていの確信が揺らぐこともたびたびあったが、そんな時でも私は、どうしようもないほど確定的な事実は別として、疑える点は徹底的に疑ってかかることを恐れなかった。

したがって勢い、次の交霊会が開かれる時までには、私の胸中に、どうしても突き止めたい疑問点がいくつか宿されていることが多かった。ところが不思議なことに、次の交霊会でその疑問点に真っ向から答えるかの如(ごと)き現象がよく起きて、その疑問を立ちどころに打つ消してくれることがあった。それで万事すっきりしたのであるが、例によって私は、その日の記録をきちんと整理し、それを数日間、何度も読み返しては前回の記録と比較検討し、なんとかして霊魂説以外の解釈は有り得ないものかと、ありったけの知恵をしぼってみたものである。そんな次第であるから、次の交霊会には必ず新しい疑問と研究課題とを持ち込むことになったのである。

こうした態度は当然、詐術やペテンに対する警戒心を生む。私もそのために有りとあらゆる手段を講じたものであるが、今その頃のことを思い出すと、いささか苦笑を禁じ得ないものがある。が、ともかくも、そうした“しつこい”までの私の懐疑的態度が生み出す一つ一つの疑問が見事に解決されていったということは、私の研究過程において特筆大書に値する大切な事柄であると思うのである」

 ◇「〝救済〟を目的とした〝招霊実験〟」

エドマンズ判事がそうした不遇な立場に追いつめられたもう一つの理由は、著名な学者や純粋に科学畑の人たちによる本格的な研究が、まだ世間の注目を集めるほどには盛んでなかったことが挙げられそうである。が、そうした数少ない学者の一人として、後世に記念碑的な業績を遺してくれた人物として、カール・ウィックランド博士を忘れてはならないであろう。



《ウィックランド夫妻》



博士は精神科医であるが、早くから霊の実在を信じ、同時に、精神病の原因は低級霊の憑依であるとの観点から、その憑依霊を一時的に霊媒(博士夫人)に乗り移らせて、博士との対話を通じて霊的真理を理解させ、患者から離して向上の道へと導くことを三十年余りも行なって『Thirty Yeaars Among the Dead』という大著を出版した。

これは マーシーバンド(慈愛団)という、その仕事のために結成された高級霊団があって初めて出来たことで、将来のスピリチュアリズムの在るべき姿を教えてくれていると言えよう。では、右の書から一部を紹介する。

『一般に陰うつな怖さをもって見つめられている“死”は、きわめて自然的にあっさりと推移するので、多くの人間が肉体から離れたのちもその移行に気づかず、また、霊界についての知識も何一つ持ち合わせていないので、彼らは、それまでとはまったく別の生活環境に置かれていることに気づかない。肉体の感覚器官を取り上げられているので、物質界の光を見ることもできず、また、より高い人生目的の理解も欠いているので、彼らは霊的に盲目であり、バイブルで〝外なる暗黒〟と呼ばれている薄暗い境涯にいて、地上圏に属する領域をさ迷っている。

死は、罪多き人間を聖人にするものでもなければ、愚か者を賢人にするものでもない。本性は生前と同じであり、地上時代と変わらぬ欲望・習慣・信条・間違った教義・死後に関する無知や不信をそのまま携えて霊界入りするのである。そして、地上時代の精神状態がそのまま具現化した容姿をして、幾百ものスピリットがしばし地上圏にとどまり、多くの場合、地上生活を送った場所にいて、地上時代と同じ習慣や趣味を固持しているのである。

霊界の高い階層にまで進化したスピリットたちは、こうした地縛霊を導こうと、常に心を砕いているのであるが、死後についての誤った先入観のために、自分より先に霊界入りしている者が姿を見せても、それを死者の亡霊と思って恐れ、たとえ友人が会いに来ても実在の人物と認めようとせず、こうして自分の置かれている身の上を正しく理解することができずにいるのである。

深い睡眠状態にある者も多く、途方に暮れ、困惑した状態にある者もいる。その迷いの心は得体の知れない闇の恐怖につきまとわれ、また良心の呵責(かしゃく)を覚えはじめた者は、地上生活中の行為を思い出して、苦痛と悔恨(かいこん)の中で悶(もだ)えている。

他方には、利己的で邪悪な性向に動かされて、その欲望のはけ口を見出そうとして適当な人間を探しまわっている者もいる。彼らは、そうした破壊的な欲望から脱して魂が悟りと光明を呼びと求め、高級なスピリットによる救いの手が差しのべられるまで、その状態の中にとどまっている。

彼らには生前の性癖や欲望を満たすための道具(肉体)はもうない。そこで、多くの者は、生者から放射される磁気的な光輝に引きつかれ、意識的に、あるいは無意識的に、その磁気オーラに取りついて、それを、欲望を満たすための道具とするのである。

こうして憑依した霊は、その人間に自分の想念を押しつけ、自分の感情を移入させて当人の意志の力を弱めさせ、しばしばその行動まで支配して、大きな困難や精神的混乱や苦痛を生ぜしめるのである。

昔から〝悪魔(デビル)〟の仕業とされていたのは実はこうした地縛霊のことだったのである。実質的には人間自身に由来するものであり、利己主義や間違った教義、無知などによる副産物であり、何も知らないまま霊界へ送り込まれて、無知という名の牢につながれているのである。

世の中の不可解な出来事や不幸の原因は、実はこれら地縛霊の影響にあるのである。清らかな生活や正しい動機、高い知性が必ずしも憑依からの防御を約束してくれるものではない。唯一の防衛手段は、こうした問題についての正しい知識と理解である。

地縛霊の侵入を受ける側、つまり憑依される人間の条件は多様である。生来の感受性、神経の耗弱(こうじゃく)、急激なショックなどによることが多い。肉体の不調も憑依を招きやすい。生命力が低下すると抵抗力が弱まり、霊の侵入が容易になるのである。その際、憑依される人間も憑依する霊の方も、互いに相手の存在を意識していないものである。

霊が憑依するとその人間の性格が一変し、人格が変ったように見え、多重人格症ないしは人格分裂症、単純な精神異常からあらゆるタイプのディメンチア・ヒステリ、てんかん、憂うつ症、戦争痴呆(ちほう)症、病的盗癖、白痴的行為、狂信、自殺狂、そのほか、記憶喪失症、神経衰弱、渇酒症、不道徳行為、獣的行為、凶暴といった犯罪行為を起こさせる。

地上人類は、高尚な人生目的、つまり何のために生きているかを理解しない無数の死者の想念に取り囲まれていると思ってよいであろう。そう認識すれば、ふとした出来心、激情、奇妙な予感、陰うつな気分、イライラ、不可解な衝動、不合理なカンシャク玉の爆発、コントロールできない、あることへの異常な熱中、その他の無数の精神的寄行などの原因が分かるであろう』

《(*)同じ憑依でも、高級霊が人間の言語中枢を使って教訓的なことを語り、終ると当人は通常の状態に戻る場合がある。これを霊言現象という。これを車の運転にたとえれば、助手席に勝手に入り込んだ者がハンドルを奪おうとして運転手とケンカになり、車が暴走するのが前者で、運転手が助手席にさがって運転を任せるのが後者である》

 ◇「ヨーロッパにおけるスピリチュアリズム」

さて、スピリチュアリズムがヨーロッパへ飛び火してからは、英国では化学者で物理学者のウィリアム・クルックス、博物学者のアルフレッド・ウォーレス、物理学者で哲学者のオリバー・ロッジ、古典学者のフレデリック・マイヤース、フランスではノーベル賞受賞者のシャルル・リシェ、天文学者のカミーユ・フラマリオン、ドイツでは精神科医のシュレク・ノッチングといった学問畑の著名人が、専門分野を一時お預けにして本格的に調査・研究し、その結果、“一人の例外もなく”肯定的結論、すなわち霊魂説を打ち出している。

その研究成果をいちいち紹介している暇はないが、その代表的人物として、冒頭のエステル・ステッド女史の「父からの通信が届けられるまでの経緯」の中で訳註として紹介したウィリアム・クルックス博士について、もう少し詳しく紹介しておきたい。英国におけるスピリチュアリズムの動向を象徴する存在であり、他の研究家も、大なり小なり、この人の影響を受けていない人はいないと言えるほど、大きな業績を残しているからである。

英国の有名な学術組織である王位協会(ロイヤルソサティ/英国学士院とも)の会員に選ばれることは大変な名誉とされているが、クルックスはその早くからの業績のゆえに二九歳の若さで選ばれている(一八六三)。続いて七五年にはロイヤル・ゴールドメダルを、八八年にはデイヴィー・メダルを、九七年にはサーの称号を、一九〇四にはコプリー・メダルを、そして一〇年にはメリット勲位を受けている。歴任した役職を見ても、王位協会をはじめとして化学協会、電気技師協会、英国学術協会などの会長を勤めており、まさに英国科学界の重鎮だった。



《ウィリアム・クルックス(1832~1919)》



それだけに、博士が心霊現象を独自に研究してみるという意向を公表した時のジャーナリズム界の反応は〝大歓迎〟一色で

「クルックス博士が研究してくだされば、もう大丈夫だ」

と、その成果に期待した。が、彼らが期待した成果とは、心霊現象や交霊はみんなマヤカシであるとの断定であって、まさかその実在を肯定することになるとは想像しなかった。

が、まる一年後に博士が王位協会に提出した報告書は、それを全面的に肯定する内容になっていた。そして案の定、協会はそれを協会の機関誌に掲載することを否定した。“案の定”といったのは、クルックスは一年の研究期間中に、協会の役員の立ち会いを再三求めていたのに、ストークス会長をはじめとして、みんなそれを忌避(きひ)していたからである。

そこでクルックスは、自分が編集主幹をしていた季刊誌 ≪科学ジャーナル≫『Quarterly Journal of Science』の七月号に掲載した。そして、これが科学界とジャーナリズム界に大反響を巻き起こした。とくにジャーナリズム界は、その期待が裏切られただけに、実に都合のいい、幼稚な言い訳をしている――

「これは、もう一度、誰かほかの人にやってもらわないと……」と。

むろん科学者の中にも頭から毛嫌いする人が少なくなかった。しかし同時に

「あのクルックス博士がまさか騙(だま)されるはずはない。何かがあるはずだ……」

という信念から、みずからの研究に着手した者も少なからずいた。その典型的な例がフランスのリシェ博士である。

リシェはノーベル賞を受賞した世界的な生理学者である。のちに『心霊研究三十年』Thirty Years of Psychical Research(一九二三、未翻訳)を出版するまでに至るその端緒をつけたのも、クルックスの研究報告書『スピリチュアリズムの現象の研究』Researches in the Phenomena Spiritualism(未翻訳)で、中でもキング霊の完全物質化現象の写真だった。(潮文社の拙訳『コナン・ドイルの心霊学』に二枚、ハート出版の拙著『人生は霊的巡礼の旅』に一枚掲載)

リシェはその時のことをこう述べている。

≪当時の科学的常識を絶対と思っていた私は、クルックス博士の見解を自分で実験して本当かどうかを確かめてみようなどという考えを抱く余裕など、カケラもなかった。人間というのは、人のやったことは頭から嘲(あざ)笑うだけで平気でいられるものだ。恥ずかしい話だが、私もその一人だった。博士が写真を公表して、霊が物質化してその姿を写真に撮らせたこと、しかもその物質化像にも脈拍があったという報告を読んだ時、いかに尊敬申し上げている高名な物理学者とはいえ、私は声に出して笑ってしまった≫

が、そのリシェも、その後の体験で、それまでの学問的常識では説明のつかない超感覚的能力や異常心理(多重人格症)の存在に気づき、少しずつ霊的なものへの関心が強まり、一八九二年にイタリア人女性霊媒ユーサピア・パラディーノによる心霊実験会に〝ミラノ委員会〟の一員として出席して、驚異的現象を目(ま)のあたりにして圧倒された。その時のことを次のように述べている。

≪ミラノでユーサピアの現象を見るまでの私は、クルックス博士はとんでもない過ちを犯されたと確信していた。ジュリオン・オショロビッツ博士も同じだった。が、その時はじめて私は真実に目が覚めた。そして、胸をかきむしられる思いで、オショロビッツ博士と同じくこう叫んだ――〝パーテル・ペッカビ(神よ、私が間違っておりました)〟と≫

クルックスが撮影したものに優るとも劣らない物質化霊の写真を紹介しておく。



――ベルギー国王レオポルド三世の王妃で交通事故で死亡した
アスリッドがコペンハーゲンでの交霊会に出現。
・リリェブラード牧師が三つのカメラでフラッシュ撮影したもの。
交霊会は赤色光で行われた。霊媒はアイナー・ニールセン。
下左――上の写真の拡大写真。
下右――ベルギーの切手に使われているアスリッド王妃のポートレート。
Maurice Barbanell;This Spirtualismより》



これは出現した霊がかつての王妃だったこともあって鮮烈な印象を与えた。列席者が息を呑んで見つめている雰囲気がよく出ている。クルックスの写真と同じく世界中で多くの物理霊媒が輩出した一九世紀後半から二〇世紀初頭にかけての時代のものである。

 ◇「〝現象〟の研究家から〝メッセージ〟の研究へ」

このように、物質化現象は“目に見える”という、五感に訴える性格のためにハデな話題を呼んだが、実は同じころから、霊言現象や自動書記現象による霊からのメッセージ、いわゆる霊界通信が着々と入手されていた。中でも英国においては、キリスト教の牧師、またはその夫人を通して、皮肉にもキリスト教の教義と真っ向から対立する通信が入手され、本人のみならず、キリスト教界に動揺をもたらした。

その筆頭がステイトン・モーゼスで、オックスフォード大学出身の気鋭の牧師として将来が嘱望(しょくぼう)されていた。が、三〇歳前ごろから身辺にさまざまな異常現象が起き始めた。テーブルが持ち上がる。新聞紙が部屋から部屋へ運ばれる。誰もいない部屋で楽器がひとりでに演奏する。そのうち自分の身体まで宙に持ち上げられ、応接間のソファに放り投げられる……等々が毎日のように起きる。

さらに、やがてそうした現象に代って、手がひとりでに動いて文章を綴るようになった。初めのうちは格別の内容のものではなかったが、そのうちキリスト教の教義と対立する内容のものが綴られるようになった。反撥(はんぱつ)を覚えたモーゼスが

「あなたは一体何ものですか?」という質問を書くと

「われわれは神の使者として、新しい啓示を授けに参ったものである」といった主旨の返答が綴られる。

「それはバイブルの福音書と矛盾しております」と書き返すと

「真理が矛盾するということは有り得ないことである。矛盾が生じたのは人間が勝手に改ざんしたからである」といった主旨のことが、実に丹念に、そして物凄いスピードで綴られ、しかも一字一句の書き損じもないのだった。

その改ざんの筆頭に挙げられたのが〝三位(さんみ)一体説〟つまり神とイエスと聖霊は一体であるという説で、そんなことはイエスは一言も説いていないという。イエスも人の子であった――ただ並はずれた人格と霊的能力をそなえていたまでである、という。

次に指摘された教義が〝贖罪(しょくざい)説〟、つまり人間は罪深き存在であり、イエスへの信仰を誓うこと以外にその罪から逃れる道はないというもので、それも間違いであるという。人間はすべて神の分霊であり、犯した罪はみずから償う――他のいかなる者も、あるいはいかなる信仰も、それを代わりに償うことはできないという。

さらに間違いと指摘された教義は〝最後の審判説〟、つまり地球の最後の日に人類の全てが呼び集められて、天国へ召される者と地獄へ送られる者が選り分けられるというのであるが、これも人間の作り話であるという。人間は一人の例外もなく――聖人君子も大罪人も――肉体の死後は霊の世界へと進み、そこで新たなる生活へ入る。落ち着く先は、各自が地上で身につけた霊格ないし霊性に似合った界層であって、そこで全ての決着がつくわけではない――進化向上の道は永遠に続く、と説く。地上世界は幼稚園のようなもので、人間は多かれ少なかれ、大なり小なりの罪を犯すものだが、二度と取り返しのつかないほどのものはないという。

こうしたキリスト教の根幹(こんかん)にかかわる教説に猛烈な反撥(はんぱつ)を覚えたモーゼスは、教会の同僚たちの応援も受けながら、執拗(しつよう)な反論を書き連ねた。『モーゼスの霊訓』(拙訳・太陽出版)のタイトルで邦訳されている『Spirit Teachings』は、断続的にほぼ十年も続いた自動書記通信の中から、モーゼスのプライベートなことに関するものを除き、一般的な信仰や人生思想に関するものだけを編纂(へんさん)したものであるが、そうした深刻な思想上の議論が白熱化した時には、モーゼスは体調を崩し、傷心を癒すための旅にまで出ている。



《ステイトン・モーゼス(1839~1892)》



が、霊団の中でもインペレーターと名のる中心的指導霊の悠揚(ゆうよう)迫らぬ威厳に満ちた雰囲気に圧倒されて、ついにキリスト教のドグマを棄てて、スピリチュアリズムの説を受け入れるに至っている。

同じくキリスト教の牧師が入手した自動書記通信に『ベールの彼方の生活』The Life Beyond the Veil(全四巻・潮文社)がある。これは、ジョージ・オーエンという牧師がインスピレーション的に受け取ったものを綴ったもので、第一巻が母親、第二巻が守護霊、第三、四巻が守護霊とほぼ同じ霊格をそなえた高級霊からの通信である。

それをオーエンは二十五年の歳月をかけて納得がいくまで検証した上で新聞紙上に連載しはじめた。すると案の定キリスト教会の長老から「撤回せよ」との通達を受けた。が、確信に満ちていたオーエンはそれを否定した。が、執拗に撤回を迫られたオーエンは、みずから牧師職を辞して、スピリチュアリズムの普及に余生を捧げている。

全四巻の中でも圧巻は第四巻で、スピリチュアリズムの名のもとに説かれている霊的思想は、その淵源(えんげん)をさかのぼると、ほかならぬイエス・キリストに行き着くという、実にスケールの大きい、しかも途方もなく次元の高い話が展開する。それによると、そもそもイエスなる人物は地球の政庁である神界の高級霊つまり大天使の一柱で、旧聖書に出てくるメルキゼデクに始まった高級霊による地上降誕の系譜の最後を飾る人物として、誕生したのだという。このことは右の『霊訓』のインペレーター霊をはじめとする、高等な霊界通信の通信霊が異口同音(いくどうおん)に述べていることである。



《ジョージ・オーエン》



そのイエスは、バイブルにある通りの刑死を遂げる。が、本来の所属界に戻ったイエスは、人類の霊的救済のための地球規模の計画を立てて、霊界の大軍勢を引き連れて地球圏へ向かう。霊界の上層界から中層界、そして下層界へと下降して行く時の叙述は圧巻で、これを読むだけでイエス・キリストと呼ばれている人物の見方が一変するであろう。

かくして、ついに地球圏へたどり着いた霊団がまず最初に手掛けたのが、ほかでもない、ハイズビル村における騒霊現象(ポルタガイスト)だった。似たような霊現象なら歴史上いくらでもあった。目を見張るような現象を起こしてみせた霊能者も少なくなかった。にもかかわらず、そのほとんどが、いつしか忘れさられていった。その中にあって、なぜハイズビル現象だけがあれほど大きな波紋を呼んで、世界的規模のスピリチュアリズム運動となって発展していったのか――それは、その背後に〝地球規模の計画〟があったからである。

オーエンの霊界通信は“主”とか“キリスト”といった文字がゴシック体(英文では大文字)で何度も出てくるので、キリスト教に馴染みの薄い方にはとっつき難い感じを与えるかもしれないが、それを地球神界の神霊の一柱と置き替えて理解すればよいわけである。

このほかにも、チャールズ・トゥィーデールやモーリス・エリオットなど、奥さんが霊的能力をもっていたことがきっかけでスピリチュアリズムを全面的に受け入れていったキリスト教牧師がいるが、ここでは割合する。トゥィーデールの『News from the Next World』(他界からの便り)は断片的ながら拙著『古代霊は語る』で紹介してあり(潮文社)、エリオットの THe Psychic Life of Jessは『イエスの実像』のタイトルで太陽出版から山本彰の邦訳が出ている。


 ◇「ステッド、マイヤース、コナン・ドイル」

さて、こうした一連の霊界通信の中にあって、私が特異な視点から見ているものに、この地上にあってスピリチュアリズムの普及に尽力して他界したあと霊界で地上時代の自分の知識を点検し、正しかったこと、間違っていたこと、思いも寄らなかった新しい事実に接して、それを地上へ届けてくれた通信がある。その一つが、ほかならぬこのステッドの通信である。

ステッドは一八四九年、すなわちハイズビル事件の翌年に生まれて、一九一二年に六三歳で他界している。スピリチュアリズム思想との最初の出会いは詳(つまび)らかでないが、霊的な話を公にしたのは、みずから創刊した『評論の評論』Review of Reviews のクリスマス特集号(一八九一・一二)に掲載した“本当にあった幽霊話”という記事が最初である。

興味深いのは、同じ年に前年の十二月に他界した文筆仲間のジュリア・エイズムという女性が、ステッドの腕を使って自動書記通信を送り始めていることである。それが数年間にわたって続き、一八九七年に『ジュリアからの便り――他界者が自動書記によって送ってきた中間境からの光明』と題して、心霊誌 ≪ボーダーランド≫ で公表し、大反響を呼んだ。それが翌年に『死後――ジュリアからの便り』のタイトルで単行本となって出版された。ちなみに“ボーダーランド”というのは〝中間境〟のことで、それを本書では“ブルーアイランド”と呼んでいるわけである。

ステッドはもともと社会改革派のジャーナリストで、「評論の評論」も政治・経済・倫理・道徳の批判を主な目的としていた。筆だけでなく行動にでることも少なくなかったようで、警察に逮捕されたこともある。そんなステッドであったから、スピリチュアリズムの弁護と、いつまでも煮え切らないSPR(心霊研究協会)に対する批判は強烈で、たとえば一九〇九年の講演会では自分を海で溺れかかっている難破船の乗組員にたとえ、SPRを救助隊にたとえて、面白おかしく、しかし皮肉たっぷりに、こんなことを言っている。

≪救助に来てくれた船の上から

「お前は誰だ? 名前を言え!」と叫ぶので

「ステッドです。W・T・ステッドといいます。海で溺れかかっているところです。ロープを投げてください! 早くお願いします!」と叫ぶ。すると、すぐにロープを投げてくれると思いきや、さらに、こう尋ねる。

「お前がステッドであることを証明できるのか? 生まれはどこだ? お前の祖父の名前を言ってみろ!」と。≫

これはSPRが〝科学的物証〟にこだわりすぎていることを揶揄(やゆ)したもので、八〇年後の現在のSPRにも同じことが言えるであろう。

そもそもSPRが設立された目的は、心霊現象は霊の仕業であるとする〝霊魂説〟を直観的に洞察していた人たち――オリバー・ロッジ、フレデリック・マイヤース、ステイトン・モーゼスなど――が中心となって、それを科学的に立証する方法を研究することにあった。つまり自分たちはそう確信していても、一般の人にそれをどう証明してみせればよいかという観点に立っていたわけで、そのために敢えて、霊魂説に懐疑的な科学者の参加も歓迎したのだった。

しかし、洞察力を欠いた研究に発展が伴わないことは、これまでの科学の飛躍的進歩が直観的な“ひらめき”による発想の転換から生み出されてきている事実が証明している。コペルニクスは、ある時ふと、自分を地球上から太陽へと運んで、太陽から地球を眺めてみることを思いついた。それが地動説を生むきっかけとなったという。

SPRの会長までつとめたことのあるオリバー・ロッジはこんな厳しいことを述べている。

SPRという組織は、事実の秘匿(ひとく)のための協会、何でも詐欺扱いにしてしまうための協会、霊能者のやる気を失くさせるための協会、光明と真理の世界が人類のために懸命に働きかけている、その生きた証拠とされている啓示を、ことごとく否定するための協会、と呼ばれてきている≫

さてステッドはタイタニック号で遭難するのであるが、あたかもそのことを予感していたかのように、早くから彼の書いたものに大西洋の氷山と客船にまつわる話が出ている。最も象徴的なのは「評論と評論」のクリスマス号(一八九三。タイタニック号事件は一九一二)に掲載された小説『古き世界より新しい世界へ』が大西洋の氷山の危険性を扱ったもので、客船マジェスティック号が氷山に衝突して沈没するという、タイタニック号の事故とそっくりの物語で、しかもその客船の船長の名前までがタイタニック号の船長と同じキャプテン・スミスとなっていた。

それからほぼ二〇年後にステッドの乗ったタイタニック号が現実に氷山と激突して沈没するのであるが、国教会の大執事で、早くからスピリチュアリズムに理解のあったトーマス・コリー氏は、その事故を予知してステッドに手紙で知らせた。するとステッドから次の様な返事が届いた。

≪願わくば閣下が予感しておられる不幸がすべて杞憂(きゆう)であってほしいものです。が、お手紙は大切に保管し、幸いにして帰国できましたら、すぐにもご報告申し上げる所存です……≫

ステッドのニューヨーク行きはカーネギーホールでの世界平和に関する講演のためであったが、予定は、その帰りに当時の第一級の直接談話霊媒リート女史を英国へ連れて行くことになっていた。リート女史もそのつもりで準備をして待っていた。が、ステッドが立ち寄ってくれるはずの当日、つまり事故の翌々日の夜、交霊会でリート女史の支配霊が出て事故のことを詳細に伝え、死亡した著名人の名前をいくつか挙げた。その中にステッドの名前も入っていた。

次にフレデリック・マイヤースは生前『人間の個性とその死後存続』という厖大(ぼうだい)な著作を残している。といっても、マイヤースの在世中に出版されたのではなかった。草稿は出来あがっていたが〝まえがき〟を書き終らないうちに、出張先で病死している。

同時代のウィリアム・クルックスは主として物理的現象を研究し、物質化霊の投影にも成功して、死後の存続についての動かし難い証拠を残してくれているが、マイヤースはそれとは対象的に、精神的な超常現象ばかりを蒐集(しゅうしゅう)して、そこから死後の個性存続を確信した。が、右の書では、“霊魂説”を正面きって主張するまでに至っておらず、その可能性を示唆(しさ)するに留めている。その膨大な量の体験集は、今日でも資料的価値を失っていない。



《フレデリック・マイヤース(1843~1901)》



さて、ステッドが他界後三日目にはリート女史の交霊会で“声”で出現し、かろうじてではあったがそのアイデンティティを示しているのとは対照的に、マイヤースは“自分でも不思議に思える”ほど死後の睡眠が長かった。が、目覚めてからの活躍はさすがにマイヤースと思わせるものがあった。自分の地上時代の調査と学習の成果と先輩霊から教わったことをまとめて、ジェラルディーン・カミンズ女史を通して自動書記通信を送ってきた。それが『永遠の大道』と『個人的存在の彼方』の二巻となって出版された。浅野和三郎の抄訳が合本となって潮文社から復刻されている。

この通信の中で衝撃だったのは第十三章の訳註でも紹介した〝類魂説〟と呼ばれている、〝霊的家族〟の存在を指摘した説で、物質界に生をうけた同じ霊系の複数の魂が、それぞれの境涯での体験を積みながら、最後は、その体験の全てをお互いに分かち合う至福の境涯へと至るという内的宇宙の旅は、雄大さの中に宇宙的ロマンを感じさせるものがあり、スピリチュアリズムに飛躍的な発展をもたらした。

私はこの霊界通信を大学生時代に読み、魂の奥底からあふれ出る喜びに身を震わせながら、感涙にむせんだのを覚えている。“四海同胞”とか“人類はみな兄弟”といった文句はいかにもカッコがいいが、その根拠は? と問われると、何もない。肉体的に見るかぎり、民族どころか、一人一人がみな違うのだ。輸血や臓器移植に〝拒絶反応〟という厄介な問題が伴うという事実が、それを明確に物語っていると言えよう。

が、これを類魂説でみると、自分と同じ霊系の“魂の兄弟姉妹”が地上のさまざまな民族に生をうけていることになる。今現在だけではない。かつても自分とは異なる民族に属していた先輩がいるし、将来も後輩たちがどの民族に生まれるか分からない。本当の意味での同胞精神は、こうした霊的原理の理解から生まれるのではなかろうか。

それはともかくとして、ここで私が詳しく取り上げたいのは、その霊的進化の道程、つまり死後の界層の全体像である。ステッドはこの通信ではきわめて断片的にしか扱っておらず、簡略的すぎる憾(うら)みは拭(ぬぐ)えない。その点マイヤースはかなり具体的に叙述してくれている。といっても、物的世界の表現手段である言語では説明できない側面があるので、ある限度以上のことは直観的な洞察力による理解にまつしかないであろう。マイヤース自身、カミンズの記憶の層にある語彙(ごい)だけでは不十分とみて、カミンズに必要な分野の書物を読むように指示するなどして、万全を記している。それでも、上層界、そして超越界の叙述は抽象的な表現が多くなっている。

さてその区分けであるが、マイヤースは地上界を第一とし、ステッドのいうブルーアイランドに相当する界層を第三界、その中間境を第二界としている。そして第四界が地球圏の範囲における最高界で、第五界からステッドのいう実相界となり、第六界が形態に宿った存在の最高界で、第七界が超越界、すなわち“無”の世界へと突入する。絶対神と一体となり、無限・永遠・絶対といった用語で表現されているものが完全に理解できる境涯であるという。そこがいわゆる“創造界”で、『個人的存在の彼方』の中で

『創造された者が創造者の側にまわる――そこに生命と宿命の秘密が存在する』

という名分句で結んでいる。

ここで図を見ていただきたい。これはコナン・ドイルが一九三〇年に他界して、半年後の一九三一年一月から二年間にわたって、女性霊媒グレイス・クックを通じて届けてきた霊界通信 The Return of Conan Doyle(コナン・ドイルが帰ってきた――未翻訳)の中に出ているイラストに、私がドイルの解説とステッドやマイヤースの通信を参考にしながら加筆修正したものである。


《コナン・・ドイルが死後まとめて送ってきた死後の界層のイラスト
Ivan Cooks;The Return of Arthur Conan Doyli】より》
《(↑)拡大画像のあるページ》



ご覧の通り、死後の世界を大きく三つに分け、それぞれに三つの境涯があるとしている。ステッドのいうブルーアイランドはここではサマーランドと呼ばれており、そのあとに“第二の死”が来るとしているのが目新しい特徴であるが、これは一種の無意識状態に入る程度のことである。その長さは地上の時間にして数秒の人もいれば数分の人、数時間の人、数日の人、とまちまちで、長い人は何年も続くことがあるという。

これをマイヤースの分け方と対照してみると、マイヤースのいう第二界から第四界までがドイルのいう【ASTRAL(アストラル/幽界)】で、第五界が【MENTAL(メンタル/霊界)】、第六界が【CELESTIAL(セレスチャル/神界)】、そして第七界が超越界ということになろう。浅野和三郎が提唱(ていしょう)した幽界・霊界・神界がぴったりと当てはまるところに興味がある。四魂説(幽体・霊体・神体または本体)と併(あわ)せて、今後の定説となっていくものと考えてよいであろう。

それはともかくとして、こうした高次元の世界の図解を見る際に忘れてならないのは、これは内的世界を平面図で表現したものであって、高層ビルのように段階状に層をなしているわけではないということである。地球自体が回転しているという事実からもそれは有り得ないことで、“上”とか“下”とか“向上”とか“下降”という言い方は、あくまでも霊的意識の開発、ないしは覚醒を表現していると理解していただきたい。

さて、三人目のコナン・ドイルについては改めて紹介するまでもないであろう。名探偵シャーロック・ホームズの生みの親であり、『ホームズ・シリーズ』は今なお世界的なベストセラーを続けている。最近、デレビ映画でご覧になった方も多いであろう。コナン・ドイルという名前は知らなくても『シャーロック・ホームズ』は知っているという人もいるようである。

が、原作者がコナン・ドイルであることを知っている人でも、そのドイルが心霊現象と霊界通信の研究をライフワークとしていたことを知る人は少ない。実はドイル自身は、どうせ書くなら純文学を、という気持が強かったのだが、最初の「緋色の研究」が売れに売れて、読者と出版社から次々と要望が寄せられるので、やむを得ず推理小説を書き続けたというのが真相らしく、本人は大衆小説家になってしまったことを嘆いていたという。

しかし、ホームズ・シリーズによる高収入と知名度が、その後英国はもとより世界各地での講演会の開催や、ウィリアム・クルックス、オリバー・ロッジといった当時の高名な学者の交流を可能にする上で大いに力になったことは否めない事実であろう。そして、スピリチュアリズムの真実性についての確信が不動のものとなった一九一八年に、それまでの成果を『新しい啓示』、翌一九年には『重大なるメッセージ』にまとめて出版したのを皮切りに、公然とした普及活動に入った。

当然、そうしたドイルを非難する声も上がった。が、ドイルにはそれに対応するだけの準備は十分にできていた。彼はこう反論している。

≪霊の実在に関して肯定的な意見を述べる者に対して必ず向けられる〝軽信性〟の批判については、私は厳粛(げんしゅく)な気持でこう申し上げたい。

私のこれまでの心霊研究家としての長い経験の中で、重大なる点で大きな過ちを犯したこと、あるいは〝正真正銘〟の折り紙をつけた現象が後でニセモノと判明したことは一度もない。軽々しく信じてしまう人間が、確固たる結論に到達するのに二〇年もの長きにわたって読書と実験を重ねるものだろうか≫

 ◇「古代霊シルバーバーチの出現」

以上、きわめて大ざっぱではあるが、ハイズビル事件をきっかけとして生まれたスピリチュアリズムの発展のあとをたどり、その貢献者として顕著な活躍をした人物を幾人か紹介した。

むろん蔭の貢献者も大勢いることを忘れてはならない。マイヤースなどは、どちらかというと地道な働きをした部類に入るであろう。そのマイヤースを、先頭切ってスピリチュアリズムの普及活動をしたステッドとドイルといっしょに紹介したのは、死後における地上界への働きかけが積極的だった点において同じだったからである。

が、だからといって、その他の先駆者、たとえばクルックスやロッジが死後は何もしていないのかというと、決してそうではない。それがシルバーバーチと名のる古代霊の出現で次第に明らかとなった。

一九二〇年ごろ、すなわちドイルが公然とした普及活動を開始したころに、同じくロンドンの青年実業家モーリス・バーバネルが、時おり無意識状態でインディアン訛(なま)りの英語でしゃべるという現象が起きるようになった。

最初のうちはたまたまバーバネルの家に集まっていた三、四人の知人が聞くだけだったが、そのうち当時の英国ジャーナリズム界の御意見番的存在だったハンネン・スワッファーという作家が訪れている時にその現象が起き、スワッファーはその霊言の質の高さを直感して、毎週一回、自宅で定期的に“霊言を聞く会”を催すことにした。会の名称も『ハンネン・スワッファー・ホームサークル』とし、金曜日の夜と決めた。

その霊は“シルバーバーチ”と名のったが、これは日本語の“白樺”を総称する植物名で、地上時代の本名ではない。自分は地上でインディアンだったと述べるだけで、その他のことは何も教えてくれない。ただひたすら霊的教訓を述べるばかりだったが、そのうち、実は“私”といっているのはインディアンではなく、三千年前に地上生活を送ったことのある別個の存在で、地上界と直接のコンタクトを取れない買層まで向上し、このたび、地球の霊的浄化のための大事業への参加を要請されて、こうして霊的真理を説く仕事に携わっている――インディアンは“霊界の霊媒”であって、私自身はインディアンではない、という事情を明かした。

以来“地上の霊媒”であるバーバネルが他界する一九八一年までの六〇年間、サークルのレギュラーメンバーにゲストを加えた十人前後の出席者に語ることを続けた。組織を作らず、規約を設けず、参加費用も取らず、スワッファーの自宅と、スワッファーの他界後はバーバネルのアパートの応接室で行ない、バーバネルの他界後はサークルも解散している。

が、その間に語られた霊的教訓は昨年(一九九一年)までに十六冊に編纂されて残っている。第一期はバーバネルが主幹をしていたサイキック・ニューズ社の数人のスタッフが各自の視点から編纂した十一冊で、潮文社から『シルバーバーチの霊訓』として拙訳(総編集を加えて全十二巻)が出ている。

第二期はバーバネルの後を継いだ主幹のトニー・オーツセンが独自に編纂したもので、これも拙訳が『愛の摂理』『愛の力』『愛の絆』の題で太陽出版から出ている。他にも未翻訳のものが二冊あり、最近のオーツセンからの便りによると、シルバーバーチの本だけは、たとえ自分が退社しても、出版を続けていく計画に変りはないと断言しているので、今後が楽しみである。(ハート出版にて近々出版予定)

さて、これまでその翻訳にたずさわってきた私が気づいたことは――それをお読みくださっている読者もきっと気づいてくださっていることと思うが――シルバーバーチが参加している地球の霊的浄化のための大事業というのが、オーエンの『ベールの彼方の生活』の中で明かされている〝霊の大軍による浄化作戦〟、そして『モーゼスの霊訓』の中で〝組織的な霊界からの働きかけ〟と言っているものとが動機と目的において一致していることから、同じものを指しているということである。その動機とは何か?

長い人類の歴史――巨視的に見ればほんの短期的かも知れないが――における数々の愚行や悲劇や戦乱が生み出した悪想念は地球の大気圏を厚く被(おお)っているという。そして、それが低級な邪霊や悪霊の跋扈(ばっこ)を容易にし、それが生み出す人心の荒(すさ)みが地球環境を破壊し、このまま放置しておけば地上界が人間の住処(すみか)としての存在意義を失うことになるとの憂慮(ゆうりょ)が天上界において支配的になったことである。

大事業の目的は言うまでもなく地球圏を清掃し浄化することであるが、そのための手段としてまず人類が久しく忘れ去っている“霊性”の自覚、つまり人間も本来は霊的存在であるとの認識をもたせる必要がある。そのためには、何はともあれ、霊的事実と霊的摂理の存在を正しく知らしめなければならない。その仕事の最高責任者として選ばれたのがシルバーバーチ霊だった、ということである。

責任を委託されたシルバーバーチは、その伝達機関(霊媒)として最も適切な人物としてモーリス・バーバネルを選び、その霊が母胎に宿った瞬間から、その成長に関与したという。そして十八歳になった時点でいきなりトランス状態に誘って、その精神と言語機能の操作をしてみた。最初のころは英語もあまり上手ではく、雰囲気にもどこかイライラしたところがあったという。が、私の想像ではそれは多分に霊界の霊媒であるインディアンの反応だったことであろう。

さて、私がシルバーバーチの霊言を読み、そして翻訳してきて気づいた、もう一つの事実は、シルバーバーチが「私たちは……」と言う時の“私たち”の中には、地上時代にスピリチュアリズムの研究と普及にたずさわった人物が大勢いるということだった。本人が出てきて名のったわけではない。シルバーバーチがそれとなく示唆(しさ)しているのである。

『私が、こんどはあなたがしゃべりなさいと言うと、「いや、いいです、いいです」と言ってうしろへ引っ込んでしまうのです』

と、ユーモラスに語っているところもある。

そうした中にあってステッドやマイヤースやドイルなどが独自にまとまった通信を送ってきたということは、やはりそれなりの意味があるのであろう。その中でもこのステッドの通信は、本人も言っているとおり、いたって簡潔にまとめられているので、霊界通信というものに初めて接する方には恰好のものであると確信する。

いずれドイルのものもマイヤースのものも全訳して紹介したいと考えているが、本書が入門書としての役目を果たしてくれることを期待している。

平成四年十月   近藤千雄


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《13章》個人的存在の彼方へ

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